「青木殿の寄合が謀叛の支度ではないのであれば、ここで堂々と申し開きをなさればよい。晴信様をはじめとし、皆が納得すれば、それで事態は収まりましょう。まずは御二方とも、座られてはいかがか?」 原昌俊に促され、仕方なく青木信種と駒井信為が大上座の正面に腰を下ろした。 「では、晴信様。お願いいたしまする」 昌俊が話の続きを晴信に預ける。 「青木殿、駒井殿。これが詮議だとは思うておらぬ。されど、本日は取り繕いの話し合いではなく、本音で語り合いたいと思うておる。おそらく、そうせねば武田の家中が割れてしまうと思うからだ。よろしく頼む」 晴信は物怖じすることなく、落ち着いた口調で話を進める。 「この身が聞いたところでは、そなたらは御屋形様の御帰還を足止めし、直訴をするための支度をしているという。土屋殿が武川衆の筆頭と家宰に任命されることについて異議を唱えると同時に、郷の長(おさ)たちの愁訴状を示し、願いが聞き入れられなければ嗷訴(ごうそ)になりかねぬと恫喝(どうかつ)するつもりだとか?」 その問いに、青木信種は慌てて両手を振る。 「いや、恫喝などとは……滅相もありませぬ。……ただ、民に抑えきれぬ不満が広がっていることを、御屋形様へお伝えしようと。……直訴についても、あくまで……あくまで武川衆の内々のことを嘆願しようとしたに過ぎませぬ」 「青木殿、本日は本音で、と申したではないか。周りをよく見てほしい。そなたらの寄合にも参加していた者たちが、ここには集まっており、そこで何が話されたのかを、この身はすべて聞いている。それを承知の上であえて訊ねているのだ。武川衆筆頭と家宰の座を巡る嘆願はまだしも、郷の長たちを巻き込んでの嗷訴とならば、それは謀叛と見なされかねぬのではないか?」 「……謀叛では……ありませぬ。さようなつもりは……」 「されど、ただでさえ不満が膨らみきっている領内に土一揆(つちいっき)でも広がれば、収拾がつかなくなるどころか、甲斐が立ち直れぬほどの痛手を負うやもしれぬ。そうなるとは、考えなかったのか?」 「……土一揆まで……起こせなどとは……」 「そなたが申しておらぬと言い張っても、武田家が揺ぐ様を見れば、民たちが勝手に蜂起するであろう。それだけではなく、土屋殿の一派もそなたらの動きを察知し、戦支度をしているらしい。つまり、そなたらが御屋形様を足止めする前に新府で戦いが始まり、精強な武川衆が互いに一歩も引かずにやり合えば、辺りは血で血を洗う泥沼と化す。それを知った民たちも黙ってはいまい。嗷訴に名を借りた打壊しや強奪が始まり、それを押さえる兵さえもいない。さようなことになれば、これまでの疲弊に加え、甲斐一国が立ち直れぬほど壊れてしまうだろう。それがしには、そのような光景がありありと見えるのだが、そなたらには見えぬのであろうか?」 晴信は居並ぶ家臣たちが驚くほど冷静な運びで話を進め、一同を納得させていく。 そこには漲(みなぎ)る気魄(きはく)があった。己が背負わなければならないものを、はっきりと自覚した漢のそれである。 その堂々とした物腰に押されながらも、青木信種は反論を試みる。 「……ならば、どうせよと申されまするか。……矛を収め、ただ惨めに身を竦め、土屋殿の横暴を見過ごせと?」 「それでは足りぬ」 「足りぬ?……足りぬとは?」 「そなたらには武川衆がばらばらになるのを止めてもらわねばならぬ」 「よしんば、直訴を止めたとしても、土屋殿の一派が矛を収めますまい。われらが臆したと勝ち誇り、得物を手に縄目を受けよと詰め寄るでありましょう。御屋形様の前で断罪するために」 「土屋殿の一派が武装して動けば、それも武川衆の謀叛と見なすことになるであろう。すなわち、そなたらも同罪となる。それゆえ、事前に騒ぎを止めたい」 「それは無理にござりまする。すでに、われらと土屋殿の一派は、互いの言分を相容れることができませぬ。矛を収めて説得しようとしても、向こうは嘲笑うだけ。それでは、わが寄合に集まってくれた者たちに面目が立ちませぬ。それでも引けと申されまするか」 青木信種は恨みがましい目つきで晴信を見つめる。