こうして無血のままに移譲が行われ、天文(てんぶん)十年(一五四一)六月下旬、晴信は齢二十一にして武田家の惣領となった。 そして、この月の晦日(つごもり)を迎える頃、駿府から今川義元の名代として太原雪斎と岡部久綱が駆け付けた。 「遠路旁々(かたがた)、ご苦労様にござりまする。ようこそ、甲斐の新府へおいでになられました」 躑躅ヶ崎館の門前まで迎えに出た信方に、太原雪斎は笑顔で答える。 「お久しゅうござりまする、板垣殿。いつぞやは、火急にて失礼をばいたしました。とは申せど、最後にお会いしてから、さして時も経っておりませぬか……」 「どうぞ、こちらへ。わが主君がお待ちになっておりまする」 信方は二人を大広間へと案内する。 「お会いできる日を心待ちにしておりました」 太原雪斎は満面の笑みを浮かべた。 ――さっそく、自ら若を値踏みにまいったか。抜け目のない漢だ。されど、雪斎殿の助力がなければ、こたびのことが為しえなかったというのも事実であろう。どこまで読みが当たっていたのか、計り知れぬ。とにかく敵に回したくない漢であることに間違いはない。 そう思いながら、信方は二人を拝謁の席まで導いた。 「今しばらくお待ちくだされ。ただいま、主君をお呼びいたしまする」 「かたじけのうござりまする」 雪斎は小さく頭を下げる。 大広間には序列を改めた武田家の重臣が並んでいた。 そして、上座の筆頭に、信方が座る。 ――どの顔も一筋縄ではいかぬという面構え。これが晴信殿の下でまとまった面々か。 それとなく様子を窺ってから、太原雪斎は姿勢を整えた。 間もなく、新たに近習頭となった教来石(きょうらいし)信房(のぶふさ)を先頭に晴信が現れる。 「御屋形様の御成りにござりまする」 その声を合図に、重臣たちは一斉に平伏する。 太原雪斎と岡部久綱もそれに合わせて平伏した。 晴信は大上座につき、背筋を伸ばす。 「今川家の御使者、面(おもて)をお上げくだされ」 「有り難き仕合わせにござりまする」 二人が顔を上げる。 ――ほう、これはまた不思議なる気配の御方。涼やかなる目元に凡庸ではない聡明さが滲(にじ)み出ておる。まるで値踏みしようとしたこちらを見透かすような眼差しだ。これは、まいった……。 雪斎は晴信を見て、そのように感じた。 「皆も楽にせよ」 晴信に促された重臣たちも顔を上げた。 それを確認し、雪斎が口上を述べ始める。 「本日は武田晴信様の御尊顔を拝見する機会をいただきまして、まことに恐悦の至りにござりまする。お初にお目にかかりまする、太原雪斎と申しまする。以後、お見知りおきのほど、よろしくお願い申し上げまする」 二人の使者は、再び両手をついて深々と頭を下げる。 「このたびの御代替わり、まことに御目出度うござりまする。わが主君、今川治部大輔(じぶのたゆう)、義元になりかわりまして、御祝い申し上げまする。これは些少(さしょう)にござりますが、当家よりの御祝いの品にござりまする。どうぞ、お収めくださりませ」 雪斎は目録を差し出す。 「失礼いたしまする」 近習頭の教来石信房が目録を受け取り、晴信に献上した。 形式通り、それを開き、目を通してから晴信が礼を述べる。