第三章 出師挫折(すいしざせつ)10
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
「されど、この身は決して私怨からではないと思うている。……いや、私怨と思われてもかまわぬ。こたびこそ、諏訪とは決着をつけねばならぬのだ。おそらく、頼重殿を許せば、必ずや新たな災いをもたらす。武田家の血を受け継ぐ寅王丸様に諏訪の惣領を嗣がせるためにも、断固として頼重殿に責任を取らせなければならぬ。そのためには、われら三人が結束し、何とか御屋形様を説得せねばなるまい。信方(のぶかた)もそれには賛同してくれるはずだ」
「加賀守殿の考えは、よくわかりました。それがしに異存はありませぬ」
甘利虎泰が同意する。
「もちろん、それがしも異存なし」
原虎胤も頷(うなず)いた。
「さようか。二人が賛同してくれると、まことに心強い」
原昌俊はやっと安堵(あんど)の笑みを浮かべた。
「頼重殿の処遇については評定などにかけず、御屋形様とわれらだけの話にしておいた方がよいのではありませぬか」
甘利虎泰が進言する。
「そうしよう」
原昌俊が頷く。
「これで諏訪がうまく収まるといいのだがな」
原虎胤の言葉に、昌俊が眉をひそめながら首を振る。
「いや、一筋縄ではいかぬだろう。すんなりと収まるほど、諏訪の者どもは従順ではない。それだけ惣領家、上社、下社の利害関係が入り乱れているということだ。頼重殿がいなくなればなったで、妙な動きをする者が出てくる。必ず一悶着(ひともんちゃく)起きるはずだ。もっとも、それを見越して信方に残ってもらったのだ。あ奴ならば、なんとかしてくれるはずだ。われらは、われらのやるべきことを粛々と進めよう」
こうして重臣三人の密かな会合は終わった。
原昌俊は東光興国禅寺(とうこうこうとくぜんじ)へ出向き、警備を担当している加藤(かとう)信邦(のぶくに)に指示を与える。
「頼重殿を僧坊の離れから、土蔵に移してくれ」
「土蔵に?」
加藤信邦は驚いたように聞き返す。
「さようだ。御屋形様と話をし、頼重殿は幽閉と決まった。よって、食事も朝夕の二回だけとし、簡素なものとしてくれ。夜も灯(あか)りを入れなくてよい。まあ、水だけは潤沢に与えてやれ」
「承知いたしました」
「おそらく、すぐに音(ね)を上げると思うが、何か言うてきたならば、すぐに知らせてくれ」
「わかりました。弟の頼高(よりたか)殿は、いかがいたしまするか?」
「これまで通り、離れでよい。されど、くれぐれも監視を怠るな。では、頼んだぞ」
そう言い残し、原昌俊は躑躅ヶ崎(つつじがさき)館に戻る。
それから、状況の変化を待った。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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