第三章 出師挫折(すいしざせつ)10
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
「さきほど、頼重殿が自害を申し出てきた」
「まことにござるか!?」
原虎胤が甘利虎泰と顔を見合わせる。
「これから御屋形様に報告せねばならぬが、そなたらも同席してくれ。本人は明後日と申しておるゆえ、滞りなく済ませたい。もしも、御屋形様が迷うようであれば、そなたからも説得してほしいのだ」
「承知!」
二人は大きく頷いた。
原昌俊ら三人はその足で晴信への報告に向かう。
話を聞いた晴信はしばらく眼を伏せて黙っていた。
それから、おもむろに問いかける。
「自害に際し、頼重殿は何か願ってきたか?」
「於禰々様と御子に会えないかと問われましたが、決断が揺らぐやもしれませぬゆえ、それはお断りいたしました」
「さようか。その方がよかろう。他には?」
「外に出てみたいと申されましたが、それもお断りいたしました。代わりに半日ほど蔵の扉と雨戸を開け、外光と外気に触れられるようにして差し上げるとお約束いたしました」
「うむ、最後の膳には御酒を差し入れてやりたいのだが」
「承知いたしました」
「介錯(かいしゃく)はどうする?」
「われら三人で行いまする」
「そうしてくれるか。弟の頼高殿はどうするつもりだ?」
「まだ何も話しておりませぬが、兄上が自害を決めたことをそのまま伝えようと思うておりまする」
「わかった。よろしく頼む」
晴信はそれだけ言ってから黙り込んだ。
「では、失礼いたしまする」
原昌俊が平伏すると、二人もそれにならった。
躑躅ヶ崎館を後にしながら、原虎胤が呟く。
「御屋形様があれほどあっさりと受け入れてくださるとは思わなかったの」
「今から考えると、評定の席で諏訪を奪(と)ると仰せになられた時から、打首にするぐらいの覚悟をなされていたのではないか」
原昌俊が答える。
「もしかすると自害に反対なさるかもしれない、などという心配は、まったく余計でありましたな」
甘利虎泰もほっとしたように言う。
「弟の頼高殿には、それがしから話をしておく」
一番辛い役目を、原昌俊は自らに課した。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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