第三章 出師挫折(すいしざせつ)20
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
「皆様のように由緒正しい重臣の方々は、理路整然と正しい答えを導き出されまする。されど、それがしのように姑息(こそく)で、あざといことばかりを考えながら生きてきた者は別の考え方をいたしまする。その娘が諏訪頼重殿の子だから側に置けぬというならば、頼重殿の子でなくなれば、よいではないかと」
その言葉に、三人は眼を見開く。
「もしも、京の尼寺に出家させたとしても、頼重殿の子ならば、探し出して争いに利用しようとする輩(やから)は出てくるでありましょう。あるいは、どうしても諦めきれぬ御屋形様が捜すやもしれませぬ。ならば、いっそ、その娘を頼重殿の子でなくし、御屋形様の御側に置いてしまえばよい。さすれば、余計な者どもが娘を使って横槍を入れてくることも回避できまする。それに、御屋形様のお気持ちも収まるのではありませぬか。さて、その娘を頼重殿の子でなくするには、どうすればよいか。ここからが毒を含んだ策にござりまする。簡潔に申し上げましょう。養子に出せばよい。目立たぬように、それを行うならば、最近臣従した禰津(ねづ)家がよいのではありませぬか。禰津元直(もとなお)殿は諏訪(すわ)の猶子(ゆうし)でもあり、神氏(諏訪神党)を許されておりまする。そこに頼重殿の娘が養子に入っていたとしても、何ら不自然ではありませぬ。問題は、その養子縁組がいつ頃行われたのかということにござりますが、それは禰々姫様が輿入れなさる直前ということにすればいいのでは。そこは嘘も方便。頼重殿が武田家に面目を施すために、母子を籍から外し、禰津家に入れたと。つまり、麻亜という娘はすでに頼重殿の子ではなく、禰津家の娘だということになりまする。そして、最近臣従したばかりの禰津元直殿が、御屋形様の興を買うために娘を側室にしたいと願ってきたことにすればよいのではありませぬか。元直殿には汚れ役を演じていただくことになりますが、それを厭(いと)わぬ器量の御方とお見受けしておりまする。これならば、御台様や家中にも名分が立つのではありませぬか」
「それがそなたの仕込む毒か?」
信方が訊く。
「はい」
「えげつないことを考える奴だ」
「申し訳ござりませぬ」
菅助は素直に頭を下げる。
「昌俊、どう思う?」
信方の問いに、原昌俊は皮肉な笑みをこぼす。
「ふっ。確かに辻褄(つじつま)は合うておる。されど、そなたは大事なことを忘れておるのではないか?」
「はい。仰せの通りにござりまする」
意外にも菅助は己の策の穴を素直に認める。
「おいおい、その大事な事柄とは何だ?」
信方が二人の顔を交互に見比べた。
「菅助、説明せよ」
昌俊が菅助に命じる。
「はい。大事なこととは、その娘の気持ちにござりまする。たとえ、形式や理屈を整えたとしても、それだけは読めませぬ。御屋形様の想いが怨念を凌駕(りょうが)し、麻亜という娘が側に侍(はべ)ることを納得するのか、それともやはり、仇敵(きゅうてき)として受け入れることができぬのか、その時にならねば、わからぬということにござりまする。それが、わが策の唯一の穴」
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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