第四章 万死一生(ばんしいっしょう)2
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
すると、今度は麻亜が晴信の幼少の頃のことを聞きたがり、晴信はできるだけ率直に、できるだけ隠し立てなく、相手の問いに答えようとした。
先ほど結ばれた絆(きずな)を確かめるかのように、二人は話を続ける。そして、互いの思いを語り尽くした夜更け過ぎ、自然に枕を並べた。
晴信は右手を伸ばし、隣にぎこちなく横たわった麻亜の左手を握る。予想した通り、その指は小刻みに震えていた。
「寒いか?」
晴信には麻亜が所在をなくし、少し怯(おび)えていることがわかっていた。だから、あえて的外れな問いかけをしたのである。
「……はい、少し」
「ならば、余に背中を預けよ」
「えっ……。されど……」
「かまわぬ。余に背を向け、懐に入るがよい。温(ぬく)めてやる」
晴信は握った指をほどき、右手を麻亜の首の下へ差し込む。
その動きに合わせ、麻亜はためらいながらも横に向き直る。
預けられた小さな背中を包むように、晴信は己の胸を合わせる。
「童(わらわ)の頃、寒がる余に、いつも母上がこうしてくれた。背中が暖まると、なにゆえか安心して、よく眠れたのだ。少し軆を丸めると、もっと暖かいぞ」
「はい……」
麻亜は素直に従い、赤子の如く背を丸め、晴信がそれを大きく包んでやる。
「……暖こうござりまする」
「余もだ。……そうか、いま、ようやくわかった。母上もこれほどに暖かったということか」
再び二人の温もりが溶け合いだす。
――心地よい。今宵はこのまま夢の向こうまで流されてしまおう……。
瞼(まぶた)を閉じた晴信は、酔いのせいもあり、すぐに眠りへ引き込まれていく。
「……御屋形様、くすぐっとうござりまする」
麻亜は首を竦(すく)めながら呟(つぶや)く。
晴信の暖かく湿った吐息が耳朶(みみたぶ)の後ろにかかっていたからである。
しかし、答えはない。
「……御屋形様?」
再び呼びかけてみるが、晴信は黙ったままだった。
麻亜が耳を澄ましてみると、ただ微(かす)かな寝息が聞こえ、背中を預けた相手が眠りに落ちたと気づく。
「晴信様……」
そう呟きながら、麻亜は己を守るように廻された腕をしっかりと摑(つか)む。
それから、大きく息を吐き、背中に心地良い重みを感じながら、静かに目を閉じた。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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