よみもの・連載

信玄

第四章 万死一生(ばんしいっしょう)6

海道龍一朗Ryuichiro Kaitou

 翌朝、上原城へ赴いた跡部信秋が信方(のぶかた)に報告する。
「駿河守殿、なにやら諏訪に妖しげな動きがありまする」
「まことか!?」
「はい。麻亜(まあ)殿の輿入(こしい)れに際し、一部の者が諏訪頼重との関係に気づき、良からぬことを画策しているようにござりまする。いま詳細をわが手の者に調べさせておりまするが」
「謀叛の企てか?」
「限りなく謀叛に近い動きと睨(にら)んでおりまする」
「首謀者はわかっているのか?」
「目星はついておりまする」
「誰であるか」
「諏訪、満驕v
「あの者か……。捕らえて詮議するか」
「お待ちくださりませ。言い逃れできぬよう尻尾を摑(つか)むべく動いておりますゆえ、それを確かめてから捕らえても遅くはありませぬ。御屋形様への報告も、証拠が揃ってからの方がよいかと」
「うむ、確かにな。確たる証拠は押さえられそうなのか」
 信方の問いに、跡部信秋は自信を持って頷く。
「押さえてみせまする」
「さようか。頼りにしているぞ」
「ときに駿河守殿。こたびの謀叛を未然に防げましたならば、今後の諜知のあり方について、相談に乗っていただけませぬか」
「特別の褒美のことか?」
「いえいえ、滅相もござりませぬ。これもお役目のひとつゆえ。ただ、今後は少し人を増やし、探索の範囲を広げとうござりまする。それについてのご相談で」
「わかった」
「有り難き仕合わせ」
 跡部信秋は笑みを含んで深々と頭を下げた。
 その間にも、蛇若は配下の者たちを使って桑原城を見張り、有賀昌武が送り出した使者を捕らえる。
 諏訪満驍ェ認めた謀叛の誘いを奪い、使者になりすまして書き写した偽の書状を高遠頼継と藤澤頼親に届けた。
 さらに返書を携えて桑原城へ向かった高遠頼継と藤澤頼親の使者を捕らえ、それぞれの書状を奪った。
 四通の書状は謀叛の証拠として跡部信秋の手に渡り、信方とともに晴信へ報告される。
「若、これを見れば、諏訪満驍ノ叛意があることは明白にござりまする。今後、かような動きをする者が出てこぬよう、厳しい処罰が必要と存じまする」
「うむ、麻亜の身に危険が及ぶかもしれぬな」
 晴信が顔しかめて唸(うな)る。
「はい。御子のこともありますゆえ」
「処断については、そなたに任せる」
「ならば、禍根を残さぬためにも切腹が相当かと」
 信方は最も厳しい処罰を進言した。
「切腹か……」
 難しい顔で、晴信が黙り込む。
「……出家したとはいえ、満隣殿と頼豊には、事前に話をしておかねばならぬな」
「それがしがやっておきまする。この書状を見れば、処罰は当然のこと。恨んだりいたしますまい」
 信方の言葉に、晴信が頷く。
「そうだな。伊賀守(いがのかみ)、よくやってくれた。謀叛を未然に防げたことは、この上ない。そなたの配下の者にも褒美を取らせる」
「勿体(もったい)なき御言葉にござりまする」
 跡部信秋はうやうやしく頭を下げた。

プロフィール

海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。

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