第四章 万死一生(ばんしいっしょう)10
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
そこに跡部信秋が駆け付ける。
「駿河守殿、物見の報告が上がってまいりました。それによりますれば、やはり敵は国分寺に先陣を構え、街道沿いに馬防柵(ばぼうさく)を配し、こちらの出方を窺(うかが)っているようにござりまする。さらに周囲を調べましたところ、辺りには大小の寺社が散在しておりまして、それらにも陣らしき構えが施してあるとのことにござりまする」
「国分寺の周辺に伏兵を置いているということか?」
信方が訊く。
「伏兵を置くというよりも、寺社の建屋を陣に仕立て、伏兵が細かく移動できるようにしているのではないかと推しまする」
「かなりの数の寺社があるのか?」
「ええ、この辺りは古より寺社が多く、今の物見だけではすべてを把握しきれませぬ。しかも厄介なことに、この寺社はちょうど砥石城と国分寺の間に広がる斜面に位置しておりまして、北国街道から見れば敵に有利な高所にありまする」
「地の利は、敵にあるということか……。して、神川の畔に敵の兵はいるのか?」
「それが見当たりませぬ。どうやら、渡河を迎え撃つという策は諦めたようにござりまする」
「跡部、国分寺の敵兵はいかほどの数と見るか?」
信方の問いに、跡部信秋は自信ありげに答える。
「わが手の者の目算によりますれば、一千にはとうてい満たないかと。いずれも足軽で多くても八百、まあ六百と見るのが妥当と思いまするが」
それを聞いた甘利虎泰と室住虎光が顔を見合わせて頷く。
「われらの三千をもってすれば、力押しで蹴散らせる数だな」
信方も小刻みに頷いた。
「確かに、駿河守殿、備前殿、豊後(ぶんご)殿が揃(そろ)うておれば、国分寺の敵が太刀打ちできるとは思えませぬ。……思えませぬが、気になることも、いくつかありまする」
跡部信秋は眉をひそめながら言う。
「遠慮なく申してみよ、跡部」
「まず一つ目は、確かに敵は国分寺に先陣らしき兵を配しておりますが、どう見てもそれを死守する構えとは思えませぬ。実は、国分寺から北西に半里(二`)ほど行くと科野総社がありまして、そこも一宮ゆえ国分寺に遜色なき社殿となっておりまする。敵はわれらの出方を見た上で先陣を敷くことができるのではないかと」
「寺社の建屋を使うた二段構えの先陣ということか」
「はい。そのように考えるべきかと。さらに二つ目に気になるのが、大屋追分の北側斜面にも寺社の建屋が点在しており、敵はそこを陣や砦の代わりに使うことができるのではないかと。さらに北の山側にはいくつかの城や砦があり、もしも敵が臨機応変に兵を移動させれば、われらが所在を摑むことが難しくなりまする。さりとて、それらの仮陣をすべて潰しに行っていたのでは、われらの兵がばらばらにされて振り回されるだけ。まともな戦になりませぬ。どうやら、村上義清は砥石城さえ落とされなければ負けはなく、できるだけこの戦を長びかせることで有利になると考えている節がありまする」
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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