第四章 万死一生(ばんしいっしょう)10
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
「敵は徹底して地の利を生かすという策か。しかも大屋追分の北側となれば、われらの退路にも関わってくる。しかれども、国分寺を奪取して本陣とせねば、戦の継続が難しくなるゆえ、われらは予定どおり最速で進軍する他あるまい」
信方は厳しい表情で言い放った。
「仰せの通りにござりまする」
跡部信秋も同意する。
「われらも敵の狙いを暴くため、さらに諜知を続けまする」
「では、備前の策通りに二手に分かれて神川を渡る。その後は国分寺表で合流し、一気に敵の先陣を叩く。室住、信俊(のぶとし)を走らせ、このことを御屋形様へ伝えてくれ」
「承知!」
室住虎光は使番の今井(いまい)信俊を走らせるべく動いた。
先陣は二手に分かれ、北国街道と旧道を進み、渡河足軽隊の先導で神川を渡る。
この進軍に合わせ、陣馬奉行の加藤(かとう)信邦(のぶくに)が先導して晴信の本隊も千曲川の渡河を開始し、無事に対岸へ着く。後詰を担う青木(あおき)信立(のぶたて)と真田(さなだ)幸綱(ゆきつな)は退路を確保すべく一千を率いて大屋神社に陣取った。
三千余の武田勢が大屋追分にひしめき、先陣からの報告を待っていた。
千曲川沿いの旧道を進んだ信方は難なく神川を渡り、そこから北に進路を変え、国分寺表に先着する。ほどなくして甘利虎泰と室住虎光の隊が合流した。
その時点で、まだ午(うま)の刻前だった。
「ここまでの行軍が何事もなさ過ぎ、かえって気味悪いぐらいであるな」
信方が苦笑する。
「まことに。されど、ここからがわれらの正念場」
甘利虎泰も苦笑を浮かべながら答えた。
「さて、国分寺への先鋒は、われら足軽隊にお任せくだされ。大楯を並べて寄せますゆえ、騎馬隊は遠矢を射かけてくだされ。頃合いを見計らって槍足軽が逆茂木(さかもぎ)や馬防柵を除けて道を開きまする」
室住虎光は疵面(きずづら)に不敵な笑みを浮かべている。
「わかった。まずは、豊後殿のお手並み拝見といこうではないか」
信方が同意した。
敵の先陣、国分寺はすでに指呼の間にあり、ちらついていた粉雪もいつのまにか止んでいた。
まずは数名の物見を放って報告を受けた後、室住虎光は大楯を並べた足軽隊を真正面から国分寺に進める。先陣騎馬隊は援護の遠矢を放つべく、馬上で四方弓を構えて少しずつ前進した。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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