第四章 万死一生(ばんしいっしょう)11
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
足軽隊の蛮勇によって確保された進入路を見て、信方も動く。
「われらも行くぞ!国分寺を必ず奪取せよ!」
これに甘利(あまり)虎泰(とらやす)の一隊も続いた。
武田先陣の将兵たちは、われ先にと南大門から伽藍を目指す。
信方が中門を抜けて金堂に辿(たど)りついた時、すでに槍足軽隊が敵兵を追い回し、倒すべき相手はほとんど見つからなかった。
「豊後(ぶんご)殿!」
愛駒の背から飛び降り、信方が叫ぶ。
「敵勢は?」
「いま見えている敵兵は、儂(わし)の手下が追い回している者どもだけにござる。思いの外、敵が少なく、へっぴり腰の足軽どもは、すぐに逃げよった」
室住虎光が不敵な笑みを浮かべる。
「まだ、どこかに隠れているのではないか?」
「さように思い、わが手の者を金堂、講堂、僧房へ行かせ、虱(しらみ)潰しに探しておりまする」
「敵の先陣にしては、あまりに手薄で兵の数が少ない。何か罠(わな)の匂いがするな」
信方が眉をひそめながら言う。
「最初は儂もそう思うたが、あの者どもの逃げっぷりからして、われらと本気で戦うつもりはなかったのではあるまいか。士気が低すぎる。おそらく、村上の兵ではなく、この小県(ちいさがた)で村上に与(くみ)した滋野一統(しげのいっとう)の者であろうて。ただし、罠がないとも限りませぬが」
「あるとすれば?」
「敵の足軽どもは北門に向かって一目散に逃げ出した。つまり、まだ伏兵が隠れられる場所はあり申す」
「なるほど、尼寺(にじ)の建屋か」
信方が言ったように、国分寺はひとつだけではない。
南大門側には僧寺があり、その北西側には尼寺の中門、金堂、講堂、僧房などがある。 僧寺と尼寺の二つを合わせて国分寺となり、尼寺の奥には北門があった。
「さようにござる。こちらの探索が終わり次第、尼寺の建屋も虱潰しに当たるつもりにござる。これしきの敵ならば、儂らにお任せくだされ」
「よろしく頼む」
「駿河守(するがのかみ)殿はどっしりと構え、この金堂に陣取っておられればよい。片付けは儂らがいたしますゆえ、御屋形(おやかた)様への早馬をお願いいたす」
「わかった」
信方は甘利虎泰を呼び、騎馬隊の集約を命じた。
室住虎光は自ら先頭に立ち、僧寺と尼寺の掃討と探索を開始する。
籠もっていた敵兵は五、六百に過ぎず、あっさりと国分寺を捨て、北国(ほっこく)街道の西へと逃げた。
こうして武田勢は難なく信濃(しなの)国分寺を奪取した。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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