よみもの・連載

信玄

第四章 万死一生(ばんしいっしょう)11

海道龍一朗Ryuichiro Kaitou

「足軽隊だけに警固を任せるわけにはいかぬ。全隊を四班に編制し直し、交替で四方を見張るようにしてはいかがか」
 甘利虎泰も賛同する。
「四班に編制すると、一班につき三刻(六時間)の警固か。ならば、敵の姿を捉えた時には、二班を遊軍として使えるな。備えが熟(こな)れてきたならば、気になる場所を探索し、敵を炙り出そう」
 信方は当面の方針を打ち出す。
「気になる場所ならば、ほれ、眼の前にもある」
 室住虎光が千曲川の向こう岸を指差す。
 そこには小牧山(こまきやま)の斜面が広がっていた。
「街道を見下ろせる山は、砦を築くのに絶好の場所だ。おそらく昔から山城に近いものが置かれていたはずじゃ。あの高さからならば、国分寺もここも、よく見えるであろうて」
「なるほど。まずは、あの山と尼ヶ淵とやらを調べてみる必要がありそうだな」
 信方も頷きながら言った。
「では、さっそく編制に取りかかりまする。豊後殿、お願いいたしまする」
 甘利虎泰が室住虎光に手助けを頼む。
「承知!」
 二人は将兵の班分けに取りかかった。
 ――これはわれらが仕掛けた戦だ。いつまでも首を竦(すく)めて様子を窺っているわけにはまいるまい。
 信方は千曲川の対岸にそびえる小牧山を見つめた。
 科野総社奪取という先陣からの一報は、すぐに国分寺の本陣へ届けられる。
 それを受け、晴信は跡部信秋を呼ぶ。
「伊賀守、そなたは昨夜の騒ぎをいかように見る?」
「敵はわれらの所在をはっきりさせるために国分寺をあっさりと明け渡したのでしょうから、火矢の撃ちかけは挨拶代わりの威嚇にすぎぬと考えまする。ただし、鉦太鼓については威嚇に加え、伏兵に対する合図が混ぜられているという見立ても捨てきれませぬ」
「やはり、そう思うか」
 晴信は眼を閉じ、腕組みをした。

プロフィール

海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。

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