第四章 万死一生(ばんしいっしょう)13
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
そこに、弟の信繁と原(はら)虎胤(とらたね)も駆けつけた。
「兄上、わが隊は今すぐにでも動ける状態になっておりまする! 神川の東岸に出張りまするか?」
「信繁、すでに敵は姿を晦(くら)ましているはずだ。後追いで出て行くよりも、しっかりと策を固めてから動いた方がよかろう」
「……わかりました」
「御屋形様、まったく忌々しい奴ばらにござりまするな」
原虎胤が髭面を歪(ゆが)めて吐き捨てる。
「ここの北側にある古里(こさと)でいくつか敵の拠り処を潰しましたが、思わぬ方角にも巣穴があったということか。細々と煩わせよる。おい、跡部、東側の蒼久保には拠点になりそうな建屋はいくつあるのか?」
「鬼美濃殿、われらが把握しているところでは三、四つの寺社がありまする」
「ならば、儂(わし)らの隊で虱(しらみ)潰しにするゆえ、そなたの手の者が案内できるか」
「できまするが……」
「御屋形様、もはや静観を続けても埒(らち)が明きませぬ。どうか儂らの隊を遊軍として伏兵狩りをお許しくだされ」
「鬼美濃、そなた自らが蒼久保に出張ると?」
「はい。このままでは腕が鈍(なま)ってかないませぬ。お任せを」
「わかった。では、伊賀守と連係し、そなたに東側の掃討を任せる」
「有り難き仕合わせ」
原虎胤が小さく頭を下げる。
「信繁、先陣にもすぐ、この件を伝えてくれぬか。向こう側でも、何か動きがあるやもしれぬ。もしも、敵が仕掛けてきたならば、反撃は先陣の判断に任せる」
「承知いたしました」
信繁はすぐに科野総社へ使番を走らせる。
さして被害は大きくなかったが、敵の奇襲により武田勢は大きく動き始めた。
原虎胤は一隊を率いて神川を渡り、蒼久保にある寺社を虱潰しに調べていく。
このことは先陣にも伝えられるが、一報を受け取ったのは、甘利(あまり)虎泰(とらやす)と室住(むろずみ)虎光(とらみつ)だった。
信方がまだ奪った尼ヶ淵(あまがふち)砦に陣取っていたからである。
「本陣の背後で、われらの小荷駄を狙うとは、小癪(こしゃく)な……」
室住虎光が使番の話を聞いて歯嚙みする。
「兵法の定石通りに、輜重が伸びたところをまんまと狙われたか。まことに腹立たしい」
甘利虎泰は気を取り直すように首を振り、使番の初鹿野(はじかの)昌次(まさつぐ)に訊く。
「弥五郎(やごろう)、本陣が掃討に動いたということは、われらにも出撃のお許しが出たと思うてよいのだな?」
「はい。御屋形様は先陣のご判断に任せる、と」
「さようか。ならば、そなたは尼ヶ淵砦へ行き、駿河守(するがのかみ)殿に同様のことをお伝えせよ」
「畏(かしこ)まりました」
初鹿野昌次が一礼し、素早く走り去る。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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