よみもの・連載

信玄

第四章 万死一生(ばんしいっしょう)18

海道龍一朗Ryuichiro Kaitou

「……おい、そ奴の首を落とせ」
 二人の手下に命じてから、八木惣八は法螺を吹く。
 弓立(ゆみたて)神社に潜んでいる仲間の隊に仕物(しもの/暗殺)の成功を知らせるためだった。
 そこに板垣隊の副将、才間(さいま)信綱(のぶつな)が現れる。実検場で鳴り響く法螺の音を不審に思ったからである。
「そなたら何をしている」
 訝(いぶか)しげな面持ちで修験僧たちを見つめた。
 しかし、咄嗟(とっさ)に何が起こっているのかを理解できない。
 八木惣八は屍に刺さっていた護摩刀を抜き、無言のまま才間信綱に斬りかかる。
 不意をつかれた副将はその一撃を避けきれず、左の肩口に傷を負った。
「ここは任せろ! うぬらは急ぎ、その首級をわが兄、安中(あんなか)一藤太(いちとうた)に届けよ!」
 八木惣八は二人の手下に命じ、さらに才間信綱に攻撃を仕掛けようとする。
 二人の手下は首袋を抱え、弓立神社のある方角へ走り始めた。
 その様を見て、才間信綱はやっと状況を理解する。
「おのれ! うぬは行者に化けた敵の間者(かんじゃ)であったか!」
 相手の一撃を愛刀で弾きながら叫ぶ。
 八木惣八はその問いに答えない。
 二人は数合(ごう)を斬り結ぶが、最初に傷を負わされた才間信綱の不利は明白だった。
 ――このままでは、じり貧になって負ける。仕方あるまい。あれをやるか。こ奴だけは逃がさぬ。
 痛みを堪(こら)えながら、そう思っていた。
 さらに数合を打ち合うが、才間信綱は鋭く突きかかる八木惣八の切先を避けきれない。
 いや……。
 あえて避けなかったのである。自ら刀を放し、相手の一突きを己の腹で受け、相打ち覚悟で必殺の間合を取った。
「捕らえたぞ、卑怯者め!」
 才間信綱は左手で相手の刀柄(とうへい)を摑み、腰刀を抜いて敵の首に突き立てる。
「ぐあぁ」
 気道を貫かれた八木惣八はひとたまりもなかった。
「くっ……」
 相手の刀を腹から抜き、才間信綱は頽(くずお)れる。

プロフィール

海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。

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