第四章 万死一生(ばんしいっしょう)18
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
「……これは。……信綱殿。……まさか」
才間信綱の首筋に手を当て、脈を取ってみるが、何の反応もない。
――誰に……やられた!?
思いも寄らない出来事に、老練な横田高松もさすがに動揺していた。
周囲を見渡すと、さらに異様な光景が眼に入ってくる。
夥しい血の跡。修験僧の屍が一躰(たい)。……いや、二躰だ。
「どういうことだ」
思わず独言(ひとりごと)がこぼれる。
そして、修験僧の屍の横に、無残にも首級を奪われた小具足姿の屍を見つけた。
――ま、まさか。あれは……。
横田高松が駆け寄る。
顔は見られなくとも、それはまさしく覚えのある信方の姿だった。
「……駿河守殿」
横田高松は天を仰ぎ、呆然(ぼうぜん)と呟(つぶや)く。
――あり得ぬ。いったい、ここで何が起こった!?……駿河守殿の首級が奪われたということは、仕物にかけられたのか?
改めて周囲を眺め渡し、状況を確認し直す。
――おそらく、この修験僧どもが裏切ったのであろう。敵方の間者であったとしか考えられぬ。なんということだ……。
先陣大将を暗殺されたという異様な事態に直面し、動悸(どうき)が収まらない。
――どうする。……いったい、どうすればよい。……落ち着け、高松。
混乱しながら、信方の屍に陣羽織を掛ける。
それから、隣に横たわる修験僧の屍を何度か蹴り転がし、信方から離した。
――最初から駿河守殿の仕物を狙っていたとすれば、この敵陣そのものが餌か!?……ならば、この後に敵の反撃がくる。すぐにここから退却せねば。……いや、まずは駿河守殿と信綱殿の御遺体を運び出さねばならぬ。
横田高松は蒼白(そうはく)な顔で幕内を飛び出し、三科形幸と広瀬景房に声をかける。
「おい、そなたらに頼みがある」
「いかがなされました、備中殿」
三科形幸が足軽大将の顔色を見て、眉をひそめる。
「とにかく、黙って、それがしについてきてくれ」
「はぁ……」
三科形幸と広瀬景房は怪訝(けげん)そうな顔で横田高松に従った。
しかし、幕内に入り、血の海に沈んだ才間信綱の屍を見た途端、表情が一変する。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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