第四章 万死一生(ばんしいっしょう)18
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
小山田行村は再び手綱をしごき、後方から来る初鹿野高利のところへ向かった。
「行くぞ!」
甘利虎泰も観音寺に向かって発進する。
――駿河守殿の件は、いかにも不自然だ。
胸の奥から湧き出る不安を抑えながら手綱をしごいた。
五百の騎馬隊は保福寺道を北西にひた走っていたが、観音寺の位置を正確に知らなかった甘利虎泰は、それが途上にあるものと思い込んでいた。
しかし、そのまま進めば、観音寺がある場所よりも北側に出てしまい、産川と浦野川が分岐する辺りに到達する。
甘利虎泰の思い込みが、不測の事態を引き起こしてしまう。
観音寺を見逃してしまった騎馬隊が、半過岩鼻から南下してきた村上の先陣二千と鉢合わせしてしまったのである。
――なんだ、あれは!?
真横にいた敵影に気づき、甘利虎泰が愛駒を止めた時はすでに遅く、観音寺の北側で攻め入る機を窺(うかが)っていた村上先陣の正面に躍り出ていた。
――ぬかったか!
顔をしかめて歯噛(はが)みするが、すぐに肚(はら)を決める。
――背を見せれば、ただの餌食になる。ここは真向勝負に出るしかあるまい。
「わが後方に鋒矢(ほうし)の陣を組め!」
甘利虎泰が騎馬隊に命じる。
鋒矢とは鋭く速い矢のことであり、鋒矢の陣は鏃(やじり)の形になることで敵陣を突破するのに威力を発揮する。
ただし、本来、鋒矢の後部に大将が陣取るのだが、甘利虎泰はあえて自らが先頭に立った。
そうすることで、真っ向から戦う意志を味方にも敵にも示したのである。
敵方も突然の出現に驚いたようだが、すぐに鶴翼(かくよく)の陣形をとり、迎撃の態勢を整えた。
その最奥から敵の先陣大将と思しき武将が大音声(だいおんじょう)を発する。
「武田の者どもよ、虚勢を張るでない! われらはすでにうぬらの先陣大将、板垣駿河守を討ち取った! 潔く降(くだ)れ!」
それを聞き、甘利虎泰が愛駒を前に出す。
「戯言(ざれごと)をほざくな! うぬが討ち取ったならば、名乗りを上げて首級を見せてみよ!」
「わが名は安中一藤太、村上家の先陣大将なり。されど、板垣を討ち取ったのは、それがしではない。家臣の雨宮正利とわが弟、八木惣八だ。そして、首ならば、ここにある」
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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