よみもの・連載

信玄

第四章 万死一生(ばんしいっしょう)19

海道龍一朗Ryuichiro Kaitou

「確かにな。豊後守殿は一緒に先陣を担う御方だ。景房、そなたは科野総社に向かった方がよいと考えておるのだな」
「形幸殿は?」
「……それがしも同じように思うておる」
「ならば、御遺骸を下ろさず、科野総社で報告を済ました後、すぐに本陣へ向かうということでいかがか?」
「うむ、そうしよう。尼ヶ淵(あまがふち)砦の下に浅瀬がある。そこで千曲川(ちくまがわ)を渡り、北国(ほっこく)街道で科野総社へ向かおう」
「承知!」
 二人の騎馬武者は北西に進路を変える。
 その正面から、数騎の武者が迫ってきた。
 三科形幸が愛駒の足を緩めて前方を睨む。
 近づいてきたのは、跡部(あとべ)信秋(のぶあき)と蛇若(へびわか)、それに手下の透破(すっぱ)たちだった。
「三科!」
 跡部信秋が手綱を引きながら叫ぶ。
「伊賀守(いがのかみ)殿!」
「なにゆえ、景房とそなたが、かようなところにいる? 駿河守殿と備前殿は、どこにおられる?」
「それが……」
 三科形幸が項垂(うなだ)れる。
「はっきりと申せ」
「……はい」
 三科形幸はこれまでに起こった事を手短に伝えた。
「……遅かったか」
 跡部信秋が面相を歪(ゆが)めて呟(つぶや)く。
「われらは敵の間者(かんじゃ)と思しき修験僧を捕らえ、詮議するために駆け付けたのだ。それが手遅れとは……」
 無念そうに天を仰ぐ。
 そこに単騎の蹄音が近づいてくる。
 必至の形相で手綱をしごいていたのは、観音寺から来た初鹿野昌次だった。
「昌次!」
 信秋が叫ぶ。
「御注進! 伊賀守殿、先陣の二隊が敵の大軍と遭遇し、交戦中! こちらに甚大な被害が出ておりまする」

プロフィール

海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。

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