第四章 万死一生(ばんしいっしょう)20
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
「まことか!?」
晴信が歯嚙(はが)みする。
「御屋形様、すぐに尼寺の北門を逆茂木で封じ、総軍で僧寺へ移り、退路となる南大門だけは死守なされませ。それがしはこれからすぐに僧寺の仁王門を封じに行きまする」
真田幸綱は一礼し、預けられた足軽隊を率いて僧寺の北側へ向かう。
「おのれ……。ここまで裏を搔(か)かれるとは……」
晴信が地団駄を踏む。
「兄上、急ぎましょう」
信繁が側に控えた教来石景政と小山田信有に目配せする。
「御屋形様、黒雲を引いてまいりまする。どうか、御支度を」
教来石景政は晴信の愛駒、黒雲(こくうん)のところへ走った。
「それがしが僧寺の南大門を守りに行きまする」
加藤信邦が一隊を率い、一足先に動き始める。
信繁が尼寺の北門を封じている間に、総軍は僧寺の西門へ向かうが、短時間での目まぐるしい移動に動揺が広がっていた。
晴信が西門をくぐり、僧寺へ入った刹那、南大門の方角から騒然とした物音が響いてくる。
――敵襲か!?
周りを囲む旗本衆にも緊張が走った。
「御屋形様、中門へお向かいくださりませ。それがしが確かめてまいりまする」
教来石景政が南大門へ向かう。
その間にも、噪音(そうおん)が大きくなっていく。
――明らかに戦いが起きている。間違いなく敵襲だ!
晴信は小山田信有に命じる。
「信有、そなたは西門を封じよと信繁に伝えてまいれ!」
「御意!」
「われらは南大門へ向かうぞ!」
自ら旗本衆を率い、南大門へ向かった。
近づくにつれ、飛び交う怒号が鼓膜に突き刺さる。
「押し出せ! 槍衾(やりぶすま)で門の外へ押し出すのだ!」
加藤信邦が叫んでいた。
南大門の外からは別の怒鳴り声が響いてくる。
「押し破れ! 一気に押し破れ! 中には武田の総大将がいる! 寳首(たからくび)は眼の前ぞ!」
敵将の声だった。
南大門を挟み、両軍の足軽隊が槍衾の応酬で一進一退を繰り返す。
その時、北側から真田幸綱の率いる一隊が駆け付ける。
「御屋形様! 北側の仁王門から講堂までを逆茂木で封じましたが、おそらく長くは保ちませぬ! どうか、退陣を!」
「真田、すでに南大門の外にも敵が押し寄せている!」
「おのれ! われらは東側の塀を乗り越え、南大門の敵の横腹を突きまする! 御免!」
真田幸綱は足軽隊を率いて東側へ移動する。
外塀に梯子(はしご)を掛け、東側から南大門の外へ廻り込むつもりだった。
「弓箭手は塀に上り、外の敵に矢を浴びせよ!」
晴信が命じる。
南側の塀にも梯子が掛けられ、弓を携えた兵が上に登った。そして、外にいた敵の足軽に矢の雨を降らせる。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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