第五章 宿敵邂逅(しゅくてきかいこう)
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
「足軽ならば車借(しゃしゃく)にでも化け、武具一式を荷車に隠して運ぶことができまする。あとは集合の場所さえ決まれば、できぬはずはありませぬ。伊賀守殿、小笠原長時の居場所を特定するのにどのくらいかかりそうか」
「二日もあれば」
跡部信秋はこともなげに答える。
「それならば、われらとて馬借(ばしゃく)に化けることができるのでは?」
飯富虎昌が横合いから口を挟む。
「何を申すか、兵部(ひょうぶ)。そなたらの駿馬(しゅんめ)と信州中馬(しんしゅうちゅうま)どもの駄馬では、一目で違いがわかるわ。邪魔、邪魔」
室住虎光が言った信州中馬とは、農耕馬で荷を運ぶ信濃の馬借たちのことだった。
「まあ、確かに」
飯富虎昌が頭を掻く。
そのやり取りに、含み笑いが広がる。
「いきなり小笠原長時の首級(しるし)を狙うという策は悪くないな。まあ、豊後(ぶんご)殿いわく、こたびのわれらは先陣と見せかけた追撃隊で我慢せよということだ、兵部」
原虎胤が再び高笑いした。
飯富虎昌は顔をしかめ、頭を搔く。
上輩たちの豁達(かったつ)な論議を見て、若衆も次第に熱を帯びてくる。
「さて、色々と策は出たが、他の者はどう思うか。順に訊いていこう。まずは信房。そなたの意見を聞きたい」
晴信は馬場信房に具申を求めた。
それを手始めに、若衆たちも臆せず次々と己の意見を述べ始める。
あらかたの策が出尽くしたところで、加藤信邦がまとめに入った。
「それでは皆の具申を御屋形様にお預けし、こたびの軍略を決めていただく。改めて評定を開き、その席で披露していただくゆえ、次の招集があるまで各々支度に抜かりなきよう頼む。それではこれにて手仕舞いとする。御屋形様、よろしゅうござりまするか?」
「うむ。皆、大儀であった」
晴信が大上座から立ち上がり、信繁がそれに続いた。
評定衆たちもそれぞれ広間から散っていく。
その中で、原虎胤が真田幸綱の肩を叩く。
「真田、そなたが最初に淀(よど)みなく喋(しゃべ)ってくれたおかげで助かったぞ。儂は辛気くさい評定が苦手でな。これまでの武田一門はどれほど苦境に立たされていても、評定では誰かが気張り、必ず笑いも起こった。虚勢と言ってしまえばそれまでだが、儂はそれが武田の土性骨だと思うておる」
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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