よみもの・連載

信玄

第五章 宿敵邂逅(しゅくてきかいこう)

海道龍一朗Ryuichiro Kaitou

「昨日、伊賀守の諜知により、小笠原長時の居場所が判明した。かの者の本隊二千余は、勝弦峠にいる」
 晴信の言葉に、評定衆がどよめく。
「よって、こたびの軍略を決めた。そなたらの具申のおかげで、すんなりと策を決めることができた。豊後、こたびはそなたが申した足軽隊の奇襲を基本に策を組み立てることにした」
「有り難き仕合わせにござりまする」
 室住虎光の面に笑みはない。すでに戦場(いくさば)での顔になっていた。
「では、これより詳細を伝える」
 晴信は今回の軍略と戦法を簡潔に説明する。
 評定はすぐに終わり、各々が戦の支度に走った。
 室住虎光は横田高松と真田幸綱を呼び、足軽隊の動きについて話し合う。
「小笠原長時が塩尻峠ではなく、勝弦峠にいたのは、われらにとって僥倖(ぎょうこう)であった。背後を狙いやすい」
 諏訪の地図を見つめながら、室住虎光が言う。
「豊後殿、足軽たちを車借に化けさせて小勢で移動することはよいとして、経路はいかがいたしまするか」
「ここから諏訪境までは普通に進むしかあるまい。その先、茅野(ちの)を過ぎた辺りの豊田(とよた)から西の山中に入り、そのまま諏訪辰野道(たつのどう)を抜けて伊那(いな)街道へと出る」
「なるほど、辰野宿へ出ると」
 横田高松が言った辰野は、伊那谷の北端に位置し、古くから交通の要衝として発展した上伊那郡の宿場だった。
「それから伊那街道を北上し、小野(おの)宿にある冨士浅間(ふじせんげん)神社を目指す。ここを集合場所とし、到着した小隊から順次、備えに移る」
「豊後守殿、どのくらいの日数を考えておられますか?」
 真田幸綱が訊く。
「本日の夜更け過ぎから動き始めれば、二日半をみておけばよろしかろう。十七日には小野宿に集まり、総勢で次なる場所を目指す」
「次なる場所とは?」
「小野宿の冨士浅間神社から岡谷の勝弦峠までは、約二里半(十㌔)の岨道(そわみち)を進まねばならぬ。されど、ちょうど半分も行けば、われらが身を潜めるのにふさわしい場所がある。小野の天狗森(てんぐもり)じゃ」
「天狗森?」
 幸綱と横田高松が顔を見合わせる。

プロフィール

海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。

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