第五章 宿敵邂逅(しゅくてきかいこう)
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
そして翌月、晴信は信濃府中に攻め入る際、小笠原の本拠を牽制(けんせい)するために築いた村井城へ入る。この出陣の前、小笠原長時の側近に揺さぶりをかけ、仁科盛能を寝返らせていた。
小笠原長時は林城を出て埴原(はいばら)城に入り、戦う意志を見せた。しかし、味方の士気は低く、瞬く間に城を落とされる。
武田勢を相手に、またしても敗走の憂き目に遭った長時は、本拠である林城までも捨て、筑摩(ちくま)郡の平瀬(ひらせ)城へと逃れる。
これを知った小笠原傘下の国人衆たちが次々と降伏し、深志(ふかし)城(松本〈まつもと〉城)、岡田(おかだ)城、桐原(きりはら)城、山家城が自落した。
万策尽きた小笠原長時は、夜陰に紛れて平瀬城を出立し、村上義清を頼って坂木(さかき)の葛尾(かつらお)城へ落ち延びる。
天文十九年(一五五〇)七月十九日、晴信はついに信濃守護の小笠原家を打倒し、松本平を中心とする信濃中南部を掌中に収めた。
小笠原の本拠であった林城を破却し、代わりに深志城を武田方の拠点とするため、大規模な修築を開始する。
晴信は日向(ひゅうが)是吉(これよし)に普請奉行を命じ、馬場信房を城代に抜擢した。
ここに至り、あとは小県を制すれば、信濃一国の約四分の三を領することになる。念願の信濃制覇まで、あと少しのところまできていた。
そして、暦が八月に入ると、室住虎定と横田高松が晴信に直訴を願い出る。
「それがし、御屋形様に一生のお願いがありまする」
室住虎定がいつになく神妙な顔で頭を下げた。
それを見て、少し驚きながら晴信が訊く。
「豊後守、何であるか?」
「直入に申し上げまする。われらに砥石城を攻めさせていただけませぬか」
「右に同じく、お願い申し上げまする」
横田高松は両手をつき、深く頭を下げる。
「砥石城か……」
晴信は慎重な顔つきになる。
「それがしはどうしても上田原での悪夢から逃れられませぬ。なにゆえ、あの時、駿河守や甘利と一緒にいなかったのかと、ずっと考えておりまする。悔やんでも、悔やんでも、悔やみきれませぬ。このままでは、老い先短き老骨、死んでも死にきれませぬ。ならば、この一命を賭し、先陣を共にした駿河守と甘利の仇(かたき)を討ちとうござりまする」
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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