第五章 宿敵邂逅(しゅくてきかいこう)
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
「わが主(あるじ)が村上方の属将、埴科(はにしな)郡の清野(きよの)信秀(のぶひで)と埴科郡寺尾(てらお)城主、寺尾直閑(なおのり)を寝返らせました」
幸綱の腹心、河原(かわはら)綱家(つないえ)が簡潔に報告する。
「まことか!」
「はい。さらに今、高井(たかい)郡の須田(すだ)城主、須田信頼(のぶより)の調略に取りかかっておりまする。おそらくは数日の間に再び朗報をお届けできると存じまする」
「よくやったと真田に伝えてくれ」
「勿体(もったい)なき御言葉を頂き、恐悦至極にござりまする」
河原綱家は深く一礼してから真田幸綱のところへ戻っていった。
――この短き間に三名もの敵を寝返らせるとは、なかなかの手腕だ。
晴信は新たに知った真田幸綱の才と能に感心する。
ここにきての敵将の調略は、途轍(とてつ)もない成果だった。
しかし、肝心の砥石城攻めは思ったよりも難航していた。
横田高松が二百ほどの足軽を率いて物見を行うが、想像以上に城の追手道が急勾配で滑るということがわかった。
「城の者どもが細かい砂利を撒(ま)いたようで、足許がおぼつきませぬ。前回、渡河の時に使った大楯(おおたて)を構えて登るのは相当難儀にござりまする」
戻った横田高松が顔をしかめながら室住虎定に報告する。
「さようか……」
「しかも道幅が異様に狭く、事前に両側の樹木なども完全に取り除かれ、われらの姿は敵に丸見えとなりまする。縦に連なって登りますと、弓箭手(きゅうせんしゅ)の格好の的になってしまうのではないかと」
「まことに、あの追手道しか寄せる経路がないのであろうか」
「出陣前、真田にも確認しましたが、ありませぬという返答にござりました。それゆえ、砥石城が難攻不落なのだ、と」
「難儀は承知の上で力攻めにするしかなかろう。われらの侵攻は、すぐに村上義清の耳に入る。ぐずぐずしてはおられぬ。何としても城門を打ち破らねば」
室住虎定は顰面(しかみづら)で言い放った。
こうした状況は晴信にも詳しく伝えられる。
「信繁、陣を移すぞ。先陣の足軽隊を動きやすくするため、もっと城に近づく」
「御意!」
信繁は陣馬奉行輔翼の原昌胤を連れ、移動の支度に走る。
晴信は本隊を城際まで寄せ、九月九日に先陣足軽隊が総攻めに踏み切った。
矢の攻撃から身を守る大楯を構え、足許を確かめながら、慎重に追手道を登り始める。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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