第五章 宿敵邂逅(しゅくてきかいこう)
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
指呼の間に入ると、予想通り、敵方の弓箭による激しい攻撃にさらされた。
城方の村上勢は寡兵ながら異様に士気が高く、列をなして登ってくる武田勢に対し、途切れなく矢の雨を降らせる。それでも怯(ひる)まず、城門に取り付こうとした足軽たちには、頭を狙って大石を落としたり、大量の煮湯を浴びせかけた。
こうした攻撃は地味だが、城に対する寄手には、かなり有効な手段だった。
城方の村上勢は無傷で攻撃を続けられ、傷つき疲弊するのは武田の足軽だけだからである。
これが攻城戦の難しさだった。
武田勢は城門を破ることはおろか、城壁に梯子(はしご)をかけることさえ阻まれた。
足軽隊に多くの怪我人が出たため、室住虎定と横田高松はいったん総攻めを止め、先陣となった陽泰寺(ようたいじ)まで退く。
そして、この後、しばらく城攻めは膠着(こうちゃく)した。
連日、対抗策を練るために評定を開いたが、決め手となる策が見つからない。日増しに先陣足軽隊の焦燥が増してゆく
――あれだけ御屋形様の前で大見得を切っておきながら、何という不甲斐なさか。天から見ている者たちも呆(あき)れているであろうて……。それにしても、城方の尋常ならざる士気の高さは、いったいどういう訳なのか。あれほど村上の将兵がしぶといとは思わなんだ。よほど優れた城将がおるということなのか?
室住虎定は疑念にかられていた。
そんな最中(さなか)、突然、武田方に寝返った埴科郡の清野信秀の使者が駆けつける。
「突如として村上義清が高梨政頼と和睦し、両軍が揃って埴科郡の寺尾城を攻め始めました」
そんな注進の一報だった。
「まずいな。信繁、須田城にいる真田に早馬を出し、このことを伝えよ」
「承知いたしました」
「丹波はおらぬか」
晴信は旗本衆の一人、勝沼丹波守(かつぬまたんばのかみ)信元(のぶもと)を呼ぶ。
「そなたに一千の兵を預けるゆえ、真田と合流し、寺尾城の救援に向かえ。それぞれが五百ずつを率いて敵を牽制せよ」
「御意!」
勝沼信元が短く答える。
この若き武将は、武田信虎(のぶとら)の弟である勝沼信友(のぶとも)の子だった。つまり、晴信の従弟にあたる。
普段は二百五十騎持の侍大将だが、今回は真田幸綱に引き渡す兵を含め、一千を預けられた。齢二十五の旗本衆にとっては、この上ない大役だった。
これが九月二十三日のことである。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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