よみもの・連載

信玄

第五章 宿敵邂逅(しゅくてきかいこう)

海道龍一朗Ryuichiro Kaitou

「まあ、さようなところだ」
「もちろん、三年前の合戦でも、小県にいたのであろう?」
「そうだな。そなたは砥石城にいたのか、頼綱」
「……籠城し、何がなんでも守り抜けと命じられていた」
「やはりな。それがしは後詰を命じられ、前線には出してもらえなかった。あの頃はまだ元滋野一統がいつ寝返るかわからぬ、と思われていたからな。前の城攻めの時も、前線ではなく村上方の切り崩しを命じられていた」
「調略の話は聞き及んでいるぞ、兄者。義清殿がしてやられたと驚いておった」
 頼綱が膝を乗り出す。
「なあ、兄者。この際だから申すが、義清殿に出仕を願ってみたらどうだ。それほど働いても、暇を出すような主君なのであろう、武田晴信という漢は。それがしが取りなすこともできる。どうだ?」
「村上家に出仕か。まあ、それも考えてはみた」
 真田幸綱は苦笑をこぼす。
「されど、それがしは村上義清の謀略で砥石城を奪われ、小県を追われた滋野一統の城将だった。やはり、どのように身をやつそうとも、村上には降れぬ」
 幸綱は顎を引き、まっすぐに弟の両眼を見据える。
「それゆえ、本日の話は逆だ。頼綱、それがしと一緒に武田家に出仕せぬか」
 その申し入れに驚愕し、弟は身を引く。
「な、なにを申すか、藪(やぶ)から棒に……。兄者は、武田から放逐(ほうちく)された身ではないか」
「それは違う。この身が武田の御屋形様に暇を請うたのは、ただの兄として、そなたに会うためだ」
「まことか?」
「まことだ」
「武田に引導を渡されたのではないのか!?」
「いったん武田家を離れ、ただの兄として、そなたを説得しにきたのだ」
「この身を調略しにきたのか……。騙(だま)したのだな、兄者!」
「騙したのではない。そなたが一緒でなければ、この身も再び武田家には戻らぬ」
「なんということを……。一人でかようなところに来て、村上の者に知られでもしたら、命が無くなるのだぞ。……いや、もしも、それがしが話を断り、義清殿に注進したならば、一巻の終わりだ。わかっているのか、兄者!」
 矢沢頼綱は目尻を吊り上げて言う。
「それには、及ばぬ」

プロフィール

海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。

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