第五章 宿敵邂逅(しゅくてきかいこう)
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
晴信は討死した横田高松の兵を与える約束をした。
「有り難き仕合わせにござりまする」
幸綱が頭を下げ、言葉を続ける。
「ついては、懼(おそ)れながら、いくつかのお願いがござりまする」
「何なりと申してみよ」
「こたびの砥石城攻めに、倅の源太郎(げんたろう)を随行させたいと思うておりまする。まだ元服の儀を済ましておりませぬが、すでに齢十五となりましたので初陣を飾らせたいと存じまする。もしも、首尾良く城を奪えましたならば、御屋形様から烏帽子名(えぼしな)をいただけませぬでしょうか」
幸綱は長男の真田源太郎を砥石城で初陣を飾らせ、その後に元服させたいと申し出ていた。
その際に、晴信が烏帽子親となり、偏諱(へんき)の一字を与えて改名することを望んでいた。
つまり、源太郎を武田家に仕えさせてほしいという意味だった。
――実弟が味方するとはいえ、ただでさえ難しい城攻めを長男の初陣とするか?……よほど自信があるのか。それとも、決死の覚悟と忠誠を見せたいのか……。いずれにせよ、余にとっても望むところだ。
晴信は申し入れを承諾する。
「息子の元服の儀は、砥石城で行うがよい。余も城内を見てみたい」
「有り難き仕合わせ」
「他に望みは?」
「砥石城を奪いましたならば、この身にしばらく守りを任せていただけませぬか。加えて、与力してくれる弟の城と所領を安堵していただけませぬか。矢沢城と連係いたせば、防御の力が格段に上がりまする。その後は、ばらばらになった滋野の者たちを集め、村上義清の葛尾城と対峙することをお許しくださりませ」
「なるほど、旧領の復活か。よかろう、成功の暁には、そなたの弟にも出仕を許し、所領も安堵いたす。そなたが信濃先方衆として城代を務めよ」
「その代わりと申しては不躾にござりますが、わが倅たちを御屋形様にお預けいたしまする。源太郎の他に、男子(おのこ)が二人おりますゆえ、三人を府中に留め置きくださりませ」
幸綱は自ら人質を差し出すという意志を見せる。
「そなたの息子を質にするなどという下卑(げび)たことは考えぬ。ちょうど家臣たちの息子を募り、奥近習の仕組みを強化しようと思うていたところだ。三人の倅たちは、わが近習として預かろう」
「有り難うござりまする」
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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