よみもの・連載

信玄

第五章 宿敵邂逅(しゅくてきかいこう)

海道龍一朗Ryuichiro Kaitou

「やりおったな、この鬼弾正めが!」
 鬼美濃に最上の誉め言葉をかけられ、真田幸綱は少し照れたような顔になる。
「いったい、どうやって、あの城を抜いた?」
 原虎胤の問いに、幸綱はこれまでの経緯を詳しく説いた。
「なるほど! ならば、城を落としたのではなく、城将ごと乗っ取ったということか。やはり、そなたは独特だな、真田。いや、攻め弾正よ。いやはや、愉快、愉快」
 鬼美濃が豪快に笑う。
 その後で急に神妙な面持ちに戻る。
「これで天から見守ってくれる皆の面目も施された。そなたのおかげだ」
 珍しく鬼美濃が瞳を潤ませる。
「それがしも、やっと武田家の一員になれた気がいたしまする」
 幸綱もしみじみと己の言葉を嚙みしめた。
 武田方の兵が揃ったことで、小県の備えは万全となった。
 晴信は佐久郡鳴瀬(なるせ)の岩尾(いわお)城を攻略し、大井行頼(ゆきより)を降伏させた後、小県へ向かった。
 念願の砥石城を検分するためである。
 真田幸綱は弟の頼綱とともに、真田館の改修を行っていた。
 晴信の検分に伴い、源太郎の元服の儀を執(と)り行うためだった。
 幸綱の案内で砥石城に入った晴信は思わず嘆息を漏らす。
「……あれほど、難攻不落だと思うた城が、これほど小さかったとは」
 改めて山城攻めの難しさを痛感していた。
 それから、真田館で源太郎の元服の儀が執り行われる。
 烏帽子親の晴信と実父の幸綱が立ち会う中、山家神社の神人(じにん)たちが、具足の間で元服を祝う祓詞(はらえことば)を朗誦(ろうしょう)し始める。
 初冠(ういこうぶり)と呼ばれる侍烏帽子を被った源太郎は、六連銭の透紋(すかしもん)が入った大紋直垂(だいもんひたたれ)を身に纏い、緊張した面持ちでそれを聞いていた。
 室には幸綱が父から授かった大鎧が飾られ、その隣に六連銭の大紋が入った真新しい具足一式が置かれている。源太郎のための鎧兜だった。
 祝詞の朗誦が終わると、引き続いて三献の儀が行われる。源太郎の前に、神人が肴組(さかなくみ)の載った高脚の膳を運んできた。
 肴組とは、白い土器の三重盃(さんじゅうはい)と「打ち、勝ち、喜ぶ」を表す縁起物、打鮑(うちあわび)、勝栗(かちぐり)、結昆布(むすびこんぶ)を折敷(おりしき)の上に載せたものである。

プロフィール

海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。

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