第五章 宿敵邂逅(しゅくてきかいこう)2
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
「されど、小淵沢からは二通りの経路が考えられまする。ひとつは従来通り、小淵沢から富士見(ふじみ)、茅野(ちの)を経由し、上諏訪の上原城を目指す道にござりまする。こちらは長坂上条を通りますれば、北西に真っ直ぐ進めばよいということになり、台ヶ原宿を経由するよりは格段に早く進めると存じまする」
「そうかもしれぬな」
「われらが具申したいのは、小淵沢からあえて北東に曲がる新たな経路にござりまする」
「小淵沢から北東に折れる?……八ヶ岳(やつがたけ)に向かってか!?」
「はい。八ヶ岳山麓に向かって一里(約四`)だけ北東へ折れまする。その山裾を騎馬二頭が併走できる道幅に切り開いて進みますれば……」
「大門(だいもん)峠か!?」
晴信が驚きながら眼を見開く。
「……さようにござりまする。上諏訪を経由することなく、大門峠へ向かい、そのまま長和(ながわ)の長窪(ながくぼ)城へ至ることができまする。それだけでずいぶんと行軍の手間を省け、時を縮めることができるのではありませぬか」
「小淵沢から真っ直ぐ大門峠を目指すか……」
「これからは小県を抜け、その先の埴科、善光寺平(ぜんこうじだいら)へ向かう行軍が増えると存じまする。そこまでの最短を目指すとすれば、こうした新たな道を造るしかありませぬ。八ヶ岳の山裾を切り開くのは並大抵のことではありませぬが、それなりの利点もありまする。伐採した樹木は架橋に使うことができ、渡河を苦にすることなく進軍ができるようになりまする。また、こうした新路の造設に八ヶ岳の樵(きこり)たちを雇い、扶持(ふち)を与えれば地場も固まりまする。いかがにござりまするか、御屋形様」
「壮大な絵図だな、菅助」
「はい。されど、甲斐から諏訪までの真っ直ぐな道、すなわち棒の如き新路さえ造れば、行軍の煩いは必ずなくなりまする。加えて、馬二頭分の道幅ならば小荷駄隊は何の苦もなく進め、兵站輜重(へいたんしちょう)も整いまする。道面の整備には竜王の石工(いしく)衆が役立つはず。そうであろう、市之丞」
「はい、菅助殿。馬の蹄(ひづめ)を痛めず、荷車が通りやすいように埋石をいたしまする」
輿石市之丞が自信をもって頷く。
「菅助、まず何から始めようか?」
晴信の問いに、山本菅助は隻眼(せきがん)に笑みを浮かべて答える。
「まずは八ヶ岳山裾での樹木伐採の触れを出していただき、同時に長坂上条への新路造設の勧進を募ることから始めたいと存じまする」
「わかった。子細は、そなたに任せる。大儀であった」
「有り難き仕合わせにござりまする」
山本菅助と輿石市之丞が平伏する。
こうして後の世に「信玄の棒道」と呼ばれる新たな兵用路の造設が始まった。
そして、今川家との縁組が約束されていた神楽月(十一月)がやってくる。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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