よみもの・連載

信玄

第五章 宿敵邂逅(しゅくてきかいこう)2

海道龍一朗Ryuichiro Kaitou

 そして、三日目の夜となり、やっと親族や家臣を招いた宴席が設けられる。
 ここに至れば、すでに堅苦しい儀式はなく、だいたい武門の通例で無礼講の果てしない酒宴となる。西の曲輪には山のような祝儀の品が運ばれ、具足親となった信繁や傅役の飯富虎昌(とらまさ)をはじめとして兄弟親族や家臣たちが集まり、賑(にぎ)やかな宴が開かれた
 その一方で、晴信は駒井政武を交え、今川家の使者と面会する。
 そして、話はやはり北条家との縁組に及ぶ。
「……わが主君は是非に、武田大膳大輔殿の御息女と北条氏康殿の御嫡男となられました松千代丸(まつちよまる)殿の仲人を務めたいと仰せになられておりまする」
 そう言った三浦正俊に、晴信が聞き返す。
「内匠助殿、いま松千代丸殿と申されたか?」
「はい。さようにござりまする」
「北条殿の嫡男は、西堂丸殿ではなかったか?」
 晴信の問いに、三浦正俊と高井実広が顔を見合わせる。
「はい、確かに氏康殿のご長男は西堂丸殿であり、今年元服なされて北条氏親(うじちか)殿となりましたが、不幸にもその直後の三月に急逝なされてしまいました。享年十六にござりました」
「まことか……。それは痛ましや」
「そこで次男である松千代丸殿を御嫡男とする決断をなされました」
「その松千代丸殿はおいくつか?」
「西堂丸殿の年子ゆえ、本年で齢十五になられるかと」
「間もなく元服か。されど、わが長女の於梅(おうめ)は齢十に過ぎず、嫁に出すには早すぎる。まだ行儀もなっておらぬゆえ」
「懼れながら存じておりまする。そこで縁組の話だけでも進めさせていただき、しかる約束ができた後、両家が納得できる時期に輿入れなさるということでいかがでありましょうか」
「治部大輔殿が婚儀の約束を取り持つ、と?」
「はい、是非にと」
「ふむ、そこまで申されるのならば、断りようもない」
「また当家としては、それがしが傅役を仰せつかりましたご嫡男の龍王丸様と北条氏康殿の御息女の縁組を考えておりまする。さすれば、三家は親戚となりこの上ない和が生まれるのではないかと」
「なるほど」
 晴信は腕組みをして頷く。
 ――三家の婚姻を梃子(てこ)に同盟を進めようということか。河越城の夜戦を見ても、北条氏康の手腕は凡庸ではなかろう。親戚になるということならば、確かに話は早い。
「お話は、よくわかった。年明けから、話を進めていただきたい。内匠助殿、ご主君にそうお伝えしてほしい」
「有り難き御言葉にござりまする」
 三浦正俊と高井実広が両手をついて深々と頭を下げた。
 武田太郎と今川義元の息女の婚儀を始まりとし、ここから北条家を交えた三家の縁組と同盟に関する話が進むことになった。
 この天文二十一年(一五五二)は武田家にとって幸と不幸が綾(あや)の如く折り重なる一年となった。
 そして、暮れも押し詰まった十二月の晦日(みそか/三十日)、小笠原長時と貞慶(さだよし)の親子は松本平の中塔(なかとう)城から人知れず落ち、高井郡斡酢へ向かう。すでに護衛をしてくれる国人衆や家人もおらず、わずかな雑掌(ざっしょう)しか付き添っていなかった。
 小笠原長時は中野の高梨政頼に泣きつき、越後の長尾景虎を頼って雪の降りしきる富倉(とみくら)峠を越えた。

プロフィール

海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。

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