第五章 宿敵邂逅(しゅくてきかいこう)3
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
晴信の問いに、駒井政武は小さく首を横に振る。
「何度か話を持ちかけましたが、頑として首を縦に振りませぬ。千村俊政の調略は難しいのではないかと」
「贄川城には、いかほどの兵が入っている?」
「おそらく、三百から五百。八百はおらぬと思いまする。されど、贄川城は登攀(とうはん)に時を有する山岳城でありまして」
「山城攻めの得意な足軽衆が必要か」
「さようにござりまする。贄川城攻めは洗馬の武居(たけい)城を足場にするのがよろしいかと存じまする」
「武居城から贄川までの距離はどのくらいか?」
「岨道(そわみち)を五里(二十㌔)ほどにござりまする」
「なるほど。して、贄川城を落としたとして、その先は?」
「木曾義康の本拠、福島城となりますが、その手前に鳥居(とりい)峠という難所があり、兵を入れられる藪原(やぶはら)砦がござりまする。おそらく、われらが贄川城を攻め始めたならば、木曾義康は鳥居峠に布陣いたすのではありますまいか。贄川城から藪原砦までは、勾配のきつい三里(十二㌔)ほどとなりまする」
「ならば、まずは確実に贄川城を足場としなければならぬな」
晴信の言葉に、信繁と馬場信房が頷く。
「御屋形様、ひとつ気になっていることがありまして」
「何であるか、高白」
「実は、鳥居峠から南東に進み、伊那宿を抜ける道がござりまする。地の者は権兵衛道(ごんべえみち)と呼んでおりまする」
「権兵衛道?」
晴信が思わず苦笑する。
「はい。木曾谷と伊那谷を結ぶ商人道にござりまする。昔は伊那米を木曾へ運ぶ際に塩尻宿へ大きく迂回(うかい)して鳥居峠を通っていましたが、これがあまりに不便だということで、牛方行司(うしかたぎょうじ)の古畑(ふるはた)権兵衛(ごんべえ)という者が二年の歳月をかけて峠を切り開いたそうにござりまする。今ではこの新道を使い、伊那谷から木曾谷へ米を、木曾からは漆器や曲物(まげもの)などの工芸品が伊那へ運ばれるようになっておりまする。この権兵衛道を使い、権兵衛峠を越えれば、伊那宿へ出ることができまする」
「木曾義康が虚をついて伊那攻めを敢行する恐れがあるということか」
「さようにござりまする」
駒井政武は顔をしかめる。
「兄上……」
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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