信繁が言葉を挟む。
「……ならば、それを逆手に取り、われらが権兵衛峠を越えて木曾義康を挟撃してはいかがにござりまするか」
「挟撃か」
「はい。高遠（たかとお）城の保科（ほしな）正俊（まさとし）に出陣を命じ、伊那宿の春日（かすが）城に高遠勢を集め、権兵衛道を使って鳥居峠を背後から突くのはいかがか」
「槍弾正の保科か。なるほど、良い策かもしれぬ。信繁、そなたは高遠城へ行き、保科正俊と高遠勢をまとめてくれぬか」
「承知いたしました」
　信繁が引き締まった面持ちで頷く。
「信房、そなたはここから武居城へ向かわせる将兵をまとめてくれ」
「御意！」
「木曾谷は手早く片付けるぞ」
　晴信は地図を睨みながら言った。
　こうして俯瞰（ふかん）で地勢を眺めながら策を練ることで、合戦の様相を脳裡で描けるようになっていた。
　しかも、それはひとところだけでなく、晴信は的確な人材を配置し、複数の戦を同時に進められるようになっている。これは広大な信濃一国で戦ってきた経験の賜（たまもの）だった。
　戦支度が進む間にも、跡部信秋によって刈羽郡での状況が逐次、報告される。
「御屋形様、さすがに北条高広も越後では名うての武骨者らしく、長尾景虎は北条城の攻略に手こずっておりまする」
「さようか。なるべく長く刈羽郡に釘付けとしたい。実はな、伊賀守……」
　晴信は真田幸綱に進めさせている栗田寛久の件を跡部信秋に伝える。
「善光寺の別当職が寝返ってまいりましたか!?　それは朗報にござりまする。北条高広の謀叛と合わせ、二重の謀計となれば、長尾景虎もさぞかし臍（ほぞ）を嚙（か）むことにござりましょう」
「善光寺平の件は真田に任せているが、そなたも諜知（ちょうち）で協力してやってくれ」
「はい、もちろんにござりまする。つきましては、御屋形様にご報告とお願いがござりまする」