よみもの・連載

信玄

第五章 宿敵邂逅(しゅくてきかいこう)3

海道龍一朗Ryuichiro Kaitou

 跡部信秋が言ったように、諸国を歴訪する歩巫女たちは口寄せという術を使って死者の言葉を伝えることができるとされていた。
 そのため、骸(むくろ)が散乱する戦場では重宝され、無縁仏を供養してくれる巫女たちに余計な手出しをする者はいなかった。
「歩巫女を諜知に使うということか!?」
 晴信が驚く。
「さようにござりまする。修験僧に加え、歩巫女が諸国を廻れば、これまで以上の諜知ができまする。善光寺平には飯縄山、戸隠山などに古からの行者もいると聞いておりますゆえ、いずれはその者たちも配下に加えとうござりまする。本来、忍びが用いる策とは、長き時をかけて仕掛けるものにござりまする。考えられぬような頃から悪しき種を植え付け、敵の懐にて人知れず育て、思わぬところで開花させまする。つまり、優れた忍頭(しのびがしら)ならば、敵となりそうな処(ところ)には、必ず屈者(かまりのもの)や草者(くさのもの)を忍ばせているはず。それらの者を網の目のように敵国へ張り巡らし、三ッ者たちがそれらと密に連絡し、将兵たちにはできぬ裏仕事をいたしまする。それが、わが望み、三ッ者にござりまする」
 跡部信秋は嬉々として三ッ者の構想を語った。
 ――確かに、これからは隣国の情勢を知ることが重要となるであろう。伊賀守の申すことは的を射ている。
 晴信も納得した。
「わかった。三ッ者の件は、そなたに委ねるゆえ、思うように進めてくれ。扶持(ふち)は与える」
「有り難き仕合わせにござりまする。されど、御屋形様、越後も侮れませぬ。あそこにも軒猿(けんえん)という忍びの徒党があり、加地(かじ)春綱(はるつな)という者が手綱を握っているとのこと。つまり、善光寺平には、すでに多くの軒猿が間者(かんじゃ)として入っていると思われまする。軒猿は見つけ次第、三ッ者に倒させるつもりにござりまする」
「よかろう。されどまだ、あまり目立つ動きはさせるな」
「御意!」
 跡部信秋は報告を終えてから、小県へと向かった。
 同じ頃、真田幸綱は屋代城で密かに栗田寛久と会っていた。
 会合を仲介した屋代正国が、不安そうにしている善光寺別当に話を促す。
「寛久殿、武田の御屋形様は懐の深き御方だ。そなたを助けるため、こうしてすぐに重臣の真田殿を寄越してくださったではないか。思いの丈を正直にお話しなされ」
「わかりました、正国殿。よろしくお願いいたしまする、真田殿」
「栗田殿、あえて直入にお訊ねいたすが、まことに村上義清を見限り、武田家へ臣従するということでよろしいか?」

プロフィール

海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。

Back number