第五章 宿敵邂逅(しゅくてきかいこう)3
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
真田幸綱が相手の両眼を見据える。
「はい。お願いしとうござりまする」
「そなたが武田家に鞍替えすれば、必ずや長尾景虎と戦になる。事が事だけに、途中で止(や)めたいと申されても、後戻りはできませぬぞ」
幸綱が念を押す。
「途中で止めたいなどと、決して申しませぬ。義清殿は長尾景虎にうまく取り入ったから待遇もよいが、われらは越後の者どもから穀潰(ごくつぶ)し扱いされ、白い眼で見られました。それを知りながら、義清殿は知らぬ存ぜぬの態度を続けた。ほとほと呆(あき)れ返りました。それがしはやはり、善光寺平で暮らしたい」
寛久の口振りから、幸綱は本気と見てとった。
「さようにござるか。ならば、ご協力いたしましょう」
「ところで、正国殿。武田大膳殿は、われら善光寺の者を快く迎えてくれるであろうか?」
栗田寛久は再び不安げな顔になって訊く。
「武田の御屋形様にとっても、善光寺の別当職が味方になるのは願ったり叶(かな)ったりのことであろう。さらに善光寺ゆかりの者たちが村上と縁を切り、武田家につきたいと願い出るならば、粗末に扱われることはなかろう。されど、だ……」
屋代正国は含みをもたせ、言葉を止める。
「されど?」
栗田寛久はいぶかしげな面持ちで、相手の顔色を窺う。
「そなたと郎党が武田家に臣従するという確かな証(あかし)が必要であろうな。家中には、村上の配下にいた者がなにゆえ味方になりたがるのか、と考える者もいるであろう。もしかすると村上義清が仕掛けてきた罠(わな)ではないのか、と疑うやもしれぬ。つまり、武田の御屋形様を納得させる証が欲しいということだ。何か、大きな宮笥(みやげ)でもあれば、よいのだが……」
「大きな宮笥?」
「たとえば、長尾景虎の首級(しるし)」
屋代正国の恫喝(どうかつ)まがいの言葉に、思わず栗田寛久が仰(の)け反(ぞ)る。
「まあ、それは無理であろうから、村上義清の首級でもよいのだがな」
「この身に義清殿の首を取れと……。それは無理じゃ……」
寛久が肩を落とし、項垂(うなだ)れる。
「栗田殿、そなたに村上義清の首級を挙げよとは申しませぬ」
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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