よみもの・連載

信玄

第五章 宿敵邂逅(しゅくてきかいこう)3

海道龍一朗Ryuichiro Kaitou

 真田幸綱が救いの手を差し延べる。
「されど、旗幟は鮮明にしていただかねばなりませぬ。それも越後に対してだけではなく、善光寺に係わる者たちにも、そなたが武田家に臣従したことを示していただきたい。そうしていただけるのならば、われらは充分な手勢を出し、そなたをお支えいたす所存」
 そして、話を核心に導いていく。
「栗田殿、そなたが籠城できる本拠はありませぬか?」
「籠城できる本拠……。わが本拠は栗田の堀之内(ほりのうち)城にござるが、城とは名ばかりの館であり、籠城には向きませぬ」
「善光寺の周辺に籠もることのできる城は?」
「籠城……籠城……」
 栗田寛久は顔をしかめて思案する。
「あっ! 平柴(ひらしば)の旭山城ならば、何とかできるやもしれませぬ」
「その旭山城の位置は?」
 真田幸綱が寛久に訊く。
「善光寺の南西にある山城で、元々は当家の詰城(つめじろ)として使われておりました」
「幸綱殿、ここに善光寺周辺の地図がありまする」
 屋代正国は用意していた地図を開く。
「なるほど、寛久殿が申す通り、旭山城ならば籠城に耐えうるかもしれぬな」
「……されど、この身が連れていける手勢は、せいぜい二百ほどにすぎませぬ。さようなことをすれば、越後勢に囲まれ、ひとたまりもなく踏み潰されるのではありませぬか」
 栗田寛久は怯(おび)えた表情になる。
「その時のために、われらがいるのではないか。いかがか、幸綱殿」
 正国の示した場所を見て、真田幸綱が小さく頷いた。
「善光寺からは南西の方角、そして、犀川から見れば北側の山頂。栗田殿、犀川と交わるこの川は?」
 幸綱は犀川と直覚に交わるように描かれた川をなぞる。
「据花川にござりまする。ちょうど旭山の麓を囲むように流れており、水堀の代わりをするものと考えておりました」
「兵はどのくらい入れるのであろうか?」
「千五百や二千ぐらいならば」
「さようか……」
 真田幸綱が眼を細めて地図を見つめる。

プロフィール

海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。

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