第五章 宿敵邂逅(しゅくてきかいこう)3
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
晴信は山本(やまもと)菅助を旭山城の修築奉行に任命し、若き侍大将、香坂(こうさか)昌信(まさのぶ)を守将に抜擢するという。
「真田、そなたはこの二人の籠城策を支援しながら、本隊が布陣するまで指揮してくれぬか」
「はい。身に余る光栄にござりまする」
「本陣はどこがよいか?」
晴信の問いに、真田幸綱は地図を示しながら答える。
「旭山城を楔とするならば、栗田寛久の本拠である堀之内城にもわれらの旗幟を立てとうござりまする。されど、これは敵方の眼を晦(くら)ますためだけの囮(おとり)であり、城内は空にしておけばよいかと。さすれば、越後勢は警戒し、迂闊(うかつ)に犀川へ近づくことができなくなりますゆえ、われらの先陣は犀川の南岸に、その後方に本陣を置くのが上策ではありませぬか」
「犀川をこたびの戦いの境界とするということか」
「はい。それで善光寺平での境界を大きく北へ押し上げることになりまする。先陣を犀川の丹波島に置き、本陣は南側の青木島(あおきじま)、町田(まちだ)家の大堀館を使うのがよろしいかと存じまする」
幸綱の選んだ青木島の大堀館は、川中島の豪族、町田家の館である。
四方を幅三間半(約六・四㍍)、高さ二間半(約四・六㍍)の土塁で囲み、その外側に幅四間(約七・二㍍)、深さ一間半(約二・七㍍)の水堀を巡らしている。
防御に優れており、晴信が入る本陣として最適の建屋だった。
「越後の者どもを相手に犀川が境界とは、少々、奥ゆかしすぎるかもしれぬが、この戦構えは理に適っておる」
「有り難き御言葉」
「さて、この中で、長尾景虎が犀川を渡ってこられるかどうか、見ものであるな」
晴信は不敵な笑みを浮かべる。
「菅助と昌信を上野城へ呼んでおくゆえ、そなたは必要なものを揃えてくれ」
「承知いたしました」
「手早く木曾谷を片付け、余もすぐに川中島へ向かう」
「それまでに万端の支度を」
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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