よみもの・連載

信玄

第五章 宿敵邂逅(しゅくてきかいこう)3

海道龍一朗Ryuichiro Kaitou

 真田幸綱は指示通りに上野城へ入り、陣馬奉行の加藤(かとう)信邦(のぶくに)と輔翼(ほよく)の原(はら)昌胤(まさたね)に必要な兵粮(ひょうろう)と武具の調達を依頼する。それから、晴信の命で駆け付けた山本菅助、香坂昌信らと合流し、籠城策を練った。
「弾正(だんじょう)殿、城へ入れる兵は三千と聞きましたが」
 山本菅助が黒い刀鍔(かたなつば)の眼帯を直しながら、幸綱に訊く。
「そうなのだが、一気に動けば越後の間者に察知されるのではないか。敵方にも忍びの術に長(た)けた者たちがいるそうだ」
「ああ、越後の軒猿どもにござりまするな」
「けんえん?」
 香坂昌信が聞き返す。
「のきざるとも呼ばれておりますが、軽身の業(わざ)を得意とする間者のこと。おそらく、善光寺平の一帯には、うじゃうじゃと潜んでおるであろうて」
「……うじゃ、うじゃと」
 昌信が顔をしかめる。
「弾正殿、それがしは今川家のために商いをしておりましたゆえ、善光寺へも出向いたことがありまする。善光寺参りで諸国から人が集まり、あそこの門前は市で賑わい、人足や馬借(ばしゃく)車借(しゃしゃく)の姿も数多見えまする。それゆえ、兵たちを百ずつの三十隊に分け、人足に化けさせて善光寺へ向かい、順繰りと城へ入れるというのは、いかがにござりまするか?」
 さっそく菅助が策を提案する。
 この漢は足軽大将であったが、築城術や兵法に通じており、晴信に命じられた城の改修から兵の配備に至るまで、実に手際よく捌(さば)いていた。
「人足に化けさせるか。なるほど、それならば荷駄車に資材、兵粮、武具などを積み、小分けして運ばせることもできるか」
「さようにござる。城の改修も、この兵たちを指揮して行えば、よろしかろうと」
 善光寺の門前は参拝者で賑わい、市や座を目指す人足や馬借車借の姿が絶えないため、少しぐらいの荷駄車を移動させたところで、さほど目立たないはずだった。
「まずは屋代城に兵と物を集め、そこから川中島に向かわせよう。一日に朝昼晩の三便を出せば、十日ですべての兵を入れることができる」
 真田幸綱の言葉に、菅助が頷く。
「最初の小荷駄は、それがしと昌信殿が率い、旭山城へ入りまする。その時、栗田寛久を一緒に連れていきとうござるが構いませぬか」
「構わぬよ。それがしが栗田殿を説得する」

プロフィール

海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。

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