第五章 宿敵邂逅(しゅくてきかいこう)4
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
「鉄炮!?」
義清と政頼が顔を見合わせる。
「……数はいかほどか?」
「とにかく、夥しき数で兵たちが怖がって先へ進めませぬ」
「夥しき数ではわからぬ!」
村上義清が怒声を発する。
「……相済みませぬ。……一度に二十丁ほどの鉄炮が放たれているようで、それを切れ目なく交代で撃ってきまする。いったい、どれほどの鉄炮を持っているのやら、見当がつきませぬ」
「おのれ、武田晴信めが! 小者に鉄炮を持たせ、時を稼ぐつもりか」
「どうなさる、左衛門佐(さえもんのすけ)殿?」
高梨政頼が不安げな面持ちで訊く。
「楯を……楯を二重にし、寄せてみよ。臆するなと伝えよ」
村上義清が伝令に命じた。
「まさか、栗田が鉄炮を運び込んでいたとは思いませなんだな、左衛門佐殿」
「相当に前から武田晴信が後ろで糸を引いていたのであろう。北条高広の一件といい、こたびの栗田の件といい、迷わず姑息(こそく)な手を使ってきよる」
「鉄炮まで仕込んであるとすれば、簡単には城を落とせぬ。すぐに景虎殿へ報告せねば」
高梨政頼は苦虫を嚙み潰したような顔で呟いた。
楯を二重にした足軽隊が再び大黒砦に寄せるが、結果は同じだった。
夥しい鉄炮を撃ちかけられ、二重の楯も役に立たない。寄手は門扉に近づくことができず、退散するしかなかった。
城攻めの難航について、本陣の景虎にも報告が届けられる。
「御屋形様、武田晴信が栗田に鉄炮まで与えていたとは思いませなんだな」
宇佐美定満の言葉に、景虎は難しい顔で呟く。
「この戦、少し長引くやもしれぬな」
それを見た直江景綱が訊く。
「なにゆえ、御屋形様はさように思われまするか?」
「このまま、われらが旭山城を攻めあぐねれば、敵は犀川の南から挟撃の形をとるつもりであろう。あるいは、こちらが業を煮やし、犀川を渡河する機を狙おうという魂胆か」
「なるほど。ゆえに犀川を挟んで睨み合いになり、戦が長引くやもしれぬと」
直江景綱は険しい面持ちになる。
「さりとて、われらは旭山城をそのままにして越後へ帰るわけには参らぬ。あの城と謀叛者を善光寺平に残せば、われらの負けも同然であろう。残るは総攻めで城を落とすしかないが、兵を旭山へ回して本陣が手薄になれば、敵は一気呵成(かせい)に渡河して攻め込もうという肚(はら)やもしれぬ。いずれにしても、わが眼前に生餌を吊(つる)して誘う姑息な策よ」
景虎は扇を開き、皮肉な笑みを浮かべる。
「忌々しき栗田の奴ばらめが……」
直江景綱は扇を掌へ打ちつけた。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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