第五章 宿敵邂逅(しゅくてきかいこう)4
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
「この近くに竹林はあるか?」
景虎が唐突に訊く。
「山に入りますれば、いくらでも」
景綱が答える。
「ならば青竹を丸く縄で巻き、楯代わりにいたせ。相手が鉄炮ならば、いずれ玉は尽きる。それを早めるべく攻め続けるが肝要と村上に伝えよ」
「御意!」
「大儀であった」
景虎は床几に腰掛けたまま腕組みをした。
眼を閉じ、しばらく、そのまま思案する。
「弥太郎(やたろう)、馬を引け。各陣を見て廻る」
景虎が眼を開き、小島(こじま)貞興(さだおき)に命じる。
この漢は「鬼小島(おにこじま)」と呼ばれる剛の者で、常に景虎を護衛していた。
「御意!」
小島貞興は主君の愛駒、放生月毛のところへ走った。
「安芸守を呼べ」
景虎は控えていた近習(きんじゅう)に申しつける。
「はっ。ただいま!」
近習は、加地春綱を呼びにいった。
しばらくして、軒猿頭(がしら)が早足でやって来る。
「御屋形様、お呼びにござりまするか」
「安芸守、旭山城の鉄炮の件は聞いたか?」
「はい、何やら夥しき数の鉄炮が運び込まれているとか……」
「どうやら、正面から城へ寄せるのは少々難しいようだ。城の北側は崖になっているらしいが、そこから軒猿が何か仕掛けられぬか」
「それがしが見ましたところ、崖の下がすぐ裾花川(すそばながわ)になっており、なかなかの難所にござりまするが、それなりの者を使えば裏から忍び込むこともできましょうが」
「軒猿の精鋭ならば、栗田を仕物(しもの)にかけられるか?」
「ご下命とあらば、何があってもやり遂げまする」
「さようか。ならば、然(しか)るべき時に頼むやもしれぬ。それと、もうひとつ。旭山城を牽制(けんせい)できるところへ砦を築くことになるやもしれぬ。その場所を探してくれぬか」
景虎はさらに先の戦いを考えているようだった。
「砦にござりまするか」
「うむ。われらもそこへ兵を入れ、越後に帰ることになるやもしれぬ」
「承知いたしました。すぐに地の猟師を伴い、探しましょう。では、さっそく手配りいたしまする」
加地春綱は一礼し、すぐに幔幕内から自陣へ戻った。
小島貞興が引いてきた愛駒に跨がり、景虎が本陣を出ようとする。
「……お待ちくださりませ、御屋形様」
甘粕景持が一隊を率いて駆けつける。
「いかがいたした、景持?」
「われらが護衛に付きまする。しばし、お待ちを」
「大仰な護衛などいらぬ。犀川の先陣を見に行くだけだ」
「御屋形様のお供をせよと、駿河殿にきつく申し付けられておりますゆえ……」
景持が困ったように笑う。
「仕方がない。付いてまいれ」
景虎は愛駒の腹を軽く蹴り、発進した。
その後を、甘粕景持の一隊が慌てて追う。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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