第五章 宿敵邂逅(しゅくてきかいこう)5
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
――金泥の蕪菁紋! これが柿崎か!
信繁は相手の攻撃に備え、素早く身構える。
黒ずくめのいかつい猪武者が、朱糸緘の胴に光る武田菱(びし)の紋を眼に止め、猛然と突進してきた。
越後の先陣大将、柿崎景家と思(おぼ)しき武者は二間三尺(四・五b)はあろうという長槍を上段に振りかぶる。
対する信繁の槍は、通常の二間(三・六b)だった。
素早く馬を寄せた敵の黒武者は、そのまま槍を振り下ろす。
その切先が大気を切り裂き、白い筋を引いたように見える。
長槍の利にまかせて突きを繰り出すのではなく、頭上から一撃を叩(たた)きつけるだけで相手を馬から落としてやろう、というような攻撃である。
嚴(がん)!
鈍い音が響き、両手で持ち上げた槍柄がしなる。それでも、信繁は強烈な一撃を真っ向から受け止め、体勢も崩さずに相手を睨(ね)めつけていた。
信繁の防御に、黒武者の長槍も大きく跳ね上げられ、撓(たわ)んで暴れる。
その隙を見逃さず、信繁は相手の喉元を目がけて正確無比な一撃を繰り出す。
わずかに横へ馬体を振りながら、敵の黒武者は信繁が繰り出した槍穂を、こともなげに己の籠手(こて)で弾く。
互いの一撃を確かめ合った両者は、素早い手綱捌きで相手より早く馬を寄せようとする。互いの愛駒が甲高い嘶(いなな)きを上げながら斜歩に転じた。
こういった一騎打ちの場合、いち早く態勢を整えた方が、必ず有利となる。
だが、その動きまで、両者は同時だった。
今度は、信繁が先手を取り、素早い連撃を繰り出す。
上下に突き分ける、その攻撃を、敵の黒武者が槍の太刀打(たちう)ちに絡めながら捌いてみせる。
互いの駒は鞍上(あんじょう)の主(あるじ)に呼吸を合わせ、小刻みに脚を動かしながら、今にも相手の首筋に嚙(か)みつかんばかりの形相になっていた。
数合(ごう)を打ち合い、両者は馬をさげ、再び間合を取る。それから、再び数合を打ち合う。
ほとんど互角の戦いだった。
もちろん、両者は周囲の者たちなど眼中にない。
二人が仕留めを狙って新たな攻撃を繰り出そうとした時、敵の黒武者の後方から怒声が響く。
「退(ひ)け! 御屋形様の命じゃ! 退けい!」
越後勢と思しき馬上の老将が叫んでいる。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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