第五章 宿敵邂逅(しゅくてきかいこう)5
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
恐縮する信繁を、重臣の大方は気の毒そうな顔で見ている。
「……されど、先陣をお預かりした者の勘として……尋常ならざる気配を感じましてござりまする」
「そなたの勘か。それを疑っておるわけではない」
晴信が渋面で言葉を続ける。
「されど、敵のばらまいた駄法螺(だぼら)に惑わされたのではないか。景虎は敵陣の一騎駆けも辞さぬ武神だという風聞が、まことしやかに流布されておる。それが脳裡をよぎったのではないか?」
「……よぎらなかったと申せば……嘘になりまする」
「そもそも、全軍一気の渡河などという莫迦(ばか)げた戦法は聞いたことがない。景虎に真意を問い質(ただ)すわけにも参らぬゆえ、実際のところはすでに藪(やぶ)の中だが、これで戦の途方が見えなくなってしまったことは確かだ」
「……面目次第もござりませぬ」
信繁は肩を落として頭を下げる。
「御屋形様、懼(おそ)れながら申し上げたきことが」
小市の先陣にいた飯富虎昌が声を発する。
「何であるか、兵部」
「それがしも越後勢がまさか白昼を狙って渡河してくるなどということは、考えてもおりませなんだ。これほどまでに常軌を逸した奇襲を、見事押し返した典厩様に落度があったとは思えませぬ。もしも、まことに景虎が総攻めを狙うていたのならば、褒められこそすれ、責められる謂(い)われはないと存じまするが」
「余は典厩を責めておるのではない」
「されど……」
「兵部、余は景虎の酔狂を見切った上で、必ず何らかの方法で渡河を敢行すると読んでいたのだ。それが白昼ではない、と誰が申した?」
「……相すみませぬ」
虎昌は口を噤(つぐ)む。
「緒戦で景虎に痛手を負わせられなければ、おそらく、この後は戦いが膠着するであろう。長びけば、われらの兵站(へいたん)がもたぬ。旭山城とて、無事で済むかどうか……。さて、どうしたものか」
晴信は浮かない顔で扇子を口唇に当てる。
「……重ねて、申し訳ござりませぬ」
信繁が項垂(うなだ)れながら言った。
「御屋形様……」
跡部信秋が手を挙げる。
「何であるか、伊賀守」
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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