第五章 宿敵邂逅(しゅくてきかいこう)6
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
一方、大熊朝秀は景虎の父である長尾為景(ためかげ)の代から守護家の段銭方(たんせんがた)という要職を務めてきた重臣である。もちろん、景虎の擁立にも早くから賛同していたため、本庄実乃にも決して引けを取らない重臣だった。
上野家成が本庄実乃を後盾(うしろだて)としたことを受け、下平吉長は日頃から懇意にしている大熊朝秀に縋(すが)った。
この四人がひきもきらずに家宰の直江景綱のもとへ陳情に訪れる。困った景綱は、主君に裁定を仰いだ。
景虎は一貫して「四人で話し合いを持ち、問題を解決させよ」という立場を取ったが、こうした返答が逆に問題をこじらせてしまう。
本庄実乃と大熊朝秀は己の立場を有利にするため、他の重臣や家臣たちに働きかけ、陳情の起請文(きしょうもん)に署名を募り始めた。
二人の重臣はこれを持って景虎への直談判に及び、裁定のための評定を開いてほしいと願う。同時に、いずれは開かれるであろう評定に備え、それぞれの陣営で入れ札の票固めに奔走した。
これにより、魚沼郡での小さな領地争いが、家中を二分する内訌に発展してしまったのである。
事態が悪化していく様を見て、直江景綱は「さすがにこのまま放置はできぬ」と考え、主君に評定の開催を迫る。
それが景虎の怒りに火をつけてしまう。
家宰に四名の謹慎を命じ、自らは毘沙門堂での参籠(さんろう)に及んだ。
――日頃から、皆には依怙(えこ)にかられて動いてはならぬと言い聞かせているのに、なにゆえ聞き分けぬのであろうか。こたびの諍いには、重臣たちの依怙贔屓(ひいき)までが加わっているのではないか……。
景虎はそう思いながら、護摩壇に松葉を焼べる。
――武田や北条(ほうじょう)との戦いも、これから激しくなろうという時に、身内の諍いとはいかなる料簡であろうか。余が御主上(みかど)から治罰の御綸旨(ごりんじ)をいただき、近隣の仕置を行っていることをなんと心得ておるのか。少なくとも、今は大義に従い、越後(えちご)の国内が一丸とならねばならぬというのに。
考えるだに、凡俗な怒りが増してくる。
なんとか、それを抑えようとして、護摩壇の火を見つめた。
――されど、この身を煩わすのは、内訌の問題だけではない……。
内訌とは別に、景虎を悩ませる出来事が起きていた。
――なによりも疎ましいのは、宇佐美(うさみ)がひっきりなしに持ち込んでくる縁談だ。
このところ、越後勢の長老である宇佐美定満(さだみつ)が、縁組に関する話をいくつも景虎に持ちかけていた。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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