第五章 宿敵邂逅(しゅくてきかいこう)6
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
「されど……」
景虎が毘沙門堂に参籠している時は、その扉を何人(なんぴと)も叩くことはできないと定められていた。ましてや、勝手に開けるなど言語道断のことである。
「拙僧が声をかけ、扉を開きまする」
この師だけは別格であり、禁を破っても咎(とが)めはなさそうだった。
「わかりました。お願いいたしまする」
二人は急ぎ毘沙門堂へ向かい、天室光育が声をかけてから開扉する。
当然のことながら、中は蛻(もぬけ)の殻(から)だった。わずかに松葉の焼けた匂いだけが残っている。
「御屋形様、なにゆえ……」
直江景綱が立ち竦(すく)む。
「……いったい、どこへ行かれたのか」
「書状によれば、再び出家をし、密教を学びたいとのこと。ならば、景虎殿の気性から鑑みれば、末寺に向かうとは思えませぬ。おそらく、京の教王護国寺、比叡山延暦寺、高野山金剛峯寺のいずれかではありませぬか」
「京の都……。北陸道を西に向かわれたと。されど、もしも、その三寺を訪ね、御屋形様がおられなかった場合、行方を摑(つか)むのは難しいのでは?」
「畿内を目指されたのであれば、途上で曹洞宗の寺院に掛錫を願うはず。まずは近隣の山門を訪ね、逗留(とうりゅう)されたかどうかを確かめれば、足取りが摑めるやもしれませぬ」
「光育禅師、お願いできまするか?」
「されど、拙僧だけでは手が足りぬゆえ、どなたか、ご同行願えませぬか」
「……この件は、できれば内密にしておきたい。家中の者どもに知れれば、大騒動になりますゆえ。御屋形様の捜索をどうするかは、宇佐美殿を交えて三人だけで決めましょう」
「わかりました」
「では、宇佐美殿の屋敷へ」
二人は宇佐美定満の屋敷へ向かった。
この長老に経緯を説明し、今後のことを相談する。
「……御屋形様が出家とは。……こたびの縁談がよほどお気に召さなかったのか。お世継ぎのことなど、儂(わし)が少し喧(やかま)しく言い過ぎたかもしれぬ」
宇佐美定満が顰面(しかみづら)になる。
「ともあれ、このままというわけにはまいるまい。何とか御屋形様を探し出し、戻っていただかねばならぬ」
「宇佐美殿、目星は光育殿につけていただくとして、誰を行かせましょうか?」
直江景綱の問いに、しばし思案してから定満が答える。
「政景(まさかげ)がよいのではないか。かの者ならば、御屋形様の縁者であり、年の端も近い」
宇佐美定満は、長尾政景を指名する。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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