第五章 宿敵邂逅(しゅくてきかいこう)6
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
幸綱は使番となった嫡男の信綱(のぶつな)を呼び、これらの内容を主君に伝えることを命じた。
「急ぎ御屋形様にお伝えいたしまする」
この年で齢二十となった真田信綱は素早く踵(きびす)を返す。
幸綱の次男である真田昌輝(まさてる)も元服を済まし、百足(むかで)衆に取り立てられることが決まった。三男の源五郎(げんごろう/※後の昌幸〈まさゆき〉)は躑躅ヶ崎(つつじがさき)館で奥近習(おくきんじゅう)の修行をしており、真田家の男子は揃って晴信に仕えるようになっていた。
真田信綱から報告を聞いた晴信はおおむねを了解する。
「清野(きよの)信清(のぶきよ)を松代へ戻すゆえ、尼巌城の修築をさせよ。それならば真田や備中の負担も少しは減るであろう」
「有り難き仕合わせ。すぐに松代へ戻って伝えまする」
「信綱、昌輝も源五郎もしっかりやっているぞ」
「まことにござりまするか?」
「ああ、日々励んでおる。倅(せがれ)たちのことは心配いたすな、と真田に伝えてくれ」
「合わせて父に伝えまする」
「大儀であった」
晴信の言葉を聞き、真田信綱は一礼して御座処(ござしょ)から退出した。
それと入れ替わるように、跡部(あとべ)信秋(のぶあき)が諜知(ちょうち)の報告に現れる。
「御屋形様、越後で面白き風聞を拾いましてござりまする」
「いかような話か」
「長尾景虎が出家するという書置きを残し、春日山城を出奔したという風聞で持ちきりになっていると」
「出家?」
「どうやら、まことに髪を下ろして高野山に向かったようにござりまする」
「ふはははは……」
晴信が突然、笑い出す。
「……いったい、何の酔狂であるか」
「越後でまたぞろ家臣たちの内訌が起き、嫌気がさしたのではないか、というのがもっぱらの噂(うわさ)にござりまする」
「なるほど! それで合点がいった。会津の蘆名盛氏から武田家に鞍替えしたいという越後の者がいるゆえ、是非に仲介したいと申し入れがあった。それが原因か」
「おそらく、大熊朝秀という者ではないかと」
「景虎が尻尾を巻いたのならば、その者を使うて、越後の国内を搔(か)き回してやるか。ついでに蘆名盛氏にも越後を攻めさせる。その間に善光寺平(ぜんこうじだいら)でひと仕事するとしようではないか。この件を尼巌城の真田にも伝えよ」
晴信は越後勢の寝返りを利用した策を考え始めた。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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