第五章 宿敵邂逅(しゅくてきかいこう)6
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
その中で、嫡男の武田義信(よしのぶ)が意を決して挙手する。
「父上、発言をお願いいたしまする」
「続けよ、義信」
「西上野への出陣ならば、それがしにお任せいただけませぬか。佐久と小諸の仕置をした際、それがしと飯富(おぶ)は知久(ちく)城の残党を追って上野の国境(くにざかい)である愛宕山(あたごやま)城(碓氷〈うすい〉城)まで出張っておりまする。いわば、西上野は、われらの持場かと。北信濃への備えも必要な今、叔父上の手を煩わせるわけにはまいりますまい。それがしと飯富に一軍をお与えくだされば、必ずや箕輪城を落としてみせまする」
「若ぁ……」
傅役(もりやく)の飯富虎昌(とらまさ)が眼を輝かせる。
「……よくぞ、申されました」
「義信、そなたの思いはよくわかった。箕輪城を落とすと申したが、そのための兵数をどのくらいと見込んでいるのか?」
晴信は息子の両眼を見つめながら訊く。
「はい、お答えいたしまする。最低でも、八千。できれば、一万と考えておりまする」
義信の答えに、評定の場がざわつく。
「確かに、難しい数とは存じておりますが、北条家に対して義理を果たすだけの出兵ではなく、当家が西上野に楔(くさび)を打ち込むつもりならば、中途半端な兵力で出張るわけにはまいりませぬ」
「西上野に楔を打ち込む、すなわち、箕輪城の攻略か」
「はい、さようにござりまする。その代わりに、短期間で一気に箕輪城を攻め落とし、すぐに兵の大半を甲斐と信濃へ戻すつもりにござりまする」
「なるほど。義信の策、皆はどう思うか?」
晴信は重臣たちの反応を窺う。
「大胆な策ではありますが、お茶を濁すような出兵よりは、理に適(かな)っているのではありませぬか」
意外にも、信繁が賛同の意見を述べる。
「叔父上、ご理解いただき有り難うござりまする」
「しかれども、義信。箕輪城は上野でも屈指の堅城と聞いておる。そこを攻めるには、見切りが肝心ではないか。そなたは箕輪城攻めをどのくらいの期間と見ておるのか」
「城に寄せてから、十日間と見ておりまする。もちろん、北条と共同での城攻めを前提としておりますが」
「十日か。初めての城を攻めるには短い。されど、よい見切りだな。まことに、それができるか?」
「できまする。攻め切れなければ、潔く退きまする」
義信はきっぱりと答えた。
「他に意見のあるの者は?」
晴信が具申を募る。
しかし、他の重臣からの反応はなかった。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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