第五章 宿敵邂逅(しゅくてきかいこう)6
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
北条家からは武蔵(むさし)の鉢形(はちがた)城を足場として用意するという通達があったため、義信の率いる武田勢は甲斐から秩父(ちちぶ)へ向かい、長瀞(ながとろ)を抜けて大里(おおさと)郡寄居(よりい)を目指す。この秩父往還が甲斐の府中から最短距離で鉢形城へ出る最も安全な経路だった。
途中、難所の雁坂(かりさか)峠越えがあるが、二日をかけて無事に武蔵へ入る。
武田義信が鉢形城に到着すると、迎えに出てきたのは、なんと氏康の義弟である北条綱成(つなしげ)だった。北条家随一の猛将、地黄八幡(じきはちまん)である。
「北条氏康が名代(みょうだい)、上総介(かずさのすけ)綱成にござりまする。武田家の皆様方、遠路旁々(かたがた)、御足労いただきまして、まことに有り難うござりまする。武田大膳大輔(だいぜんのだいぶ)殿のご嫡男自らが援兵を率いていただきましたこと、感激の極みにござりまする」
「こちらこそ、かの高名なる地黄八幡殿にお出迎えをしていただくとは、まことに光栄の至りにござりまする」
義信は真っ直ぐ正面に立ち、深々と頭を下げる。それから、気圧(けお)されまいと相手の両眼を見つめた。
両脇を固めていた飯富虎昌と馬場信房もそれにならう。
「まずは、城へ入り、しばしおくつろぎくだされ。それから、この後のことをご相談させていただきたい。政繁(まさしげ)、案内を頼む」
北条綱成は脇に控えていた大道寺(だいどうじ)政繁に武田勢の案内を命じた。
一行は鉢形城の御殿下曲輪(くるわ)に案内され、そこで具足を解き、しばらく休憩する。
「風貌といい、体軀(たいく)といい、綱成殿は噂に違(たが)わぬ偉丈夫であったな。正面に立った時、発する気に、少し押された」
義信が苦笑する。
「いえいえ、年の差を鑑みれば、堂々と相対した若も負けてはおりませなんだ」
飯富虎昌が言ったように、北条綱成は主君の氏康と同い歳の齢四十二であり、父の晴信よりも、さらに六歳上だった。
「北条家が綱成殿を出してきたということは、長野業正が率いる箕輪勢を相当手強(てごわ)いと見ているのであろうな」
「関東管領の麾下(きか)では、箕輪衆が最強の軍勢と言われておりました。そのほとんどがまだ北条家には降らず、相対しておりまする」
馬場信房が説明を続ける。
「それに加え、上泉伊勢守(かみいずみいせのかみ)など剛の者の厩橋(うまやばし)衆も合流し、長野業正に従っていると聞きました。北条家は上総(かずさ)、下総(しもうさ)、安房(あわ)の敵も睨(にら)んでおりますゆえ、上野に深く入っていけるほどの兵数を割けないのではありませぬか。それゆえ、綱成殿と河越(かわごえ)衆という精鋭だけで対処せねばならず、われらに援軍を請うたのでありましょう」
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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