第五章 宿敵邂逅(しゅくてきかいこう)6
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
小幡憲重は数多くいる長野業正の娘婿(むすめむこ)の一人だったが、北条家が平井城を落とすと早々に臣従を申し出た。
しかし、その後、武田家と誼を通じ、天文(てんぶん)二十二年(一五五三)には、嫡子の小幡信実(のぶざね)を伴って信濃の塩田(しおだ)城で晴信に謁見し、それ以降は武田家に帰属した。
つまり、国峯城は武田家の拠点となっている。
「小幡の国峯城は、こたびの戦の鍵になるやもしれませぬ」
多目元忠が説明を続ける。
「この城から上野の甘楽(かんら)郡を挟んで北側に眼を転じますれば、箕輪城を守るようにいくつかの敵城がありまする。西から順に高田(たかだ)繁頼(しげより)の高田城、新田(にった)信純(のぶすみ)の後閑(ごかん)城、安中(あんなか)忠政(ただまさ)の榎下(えのした)城が並んでおり、いずれの城主も長野業正の娘婿、あるいは縁者。しかも、これらの城は東山道(とうさんどう)を通じて碓氷峠へ繋がっておりまゆえ、佐久や小諸を領する武田家にとっても障壁でしかないと存じまする。ここまでは、よろしゅうござりまするか?」
「実に、わかり易かった。続けてくだされ」
義信が答える。
「では、次に東側を見ていただきとうござりまする。こちらにも金井(かない)秀景(ひでかげ)をはじめとする倉賀野(くらがの)十六騎が守る倉賀野城、和田(わだ)業繁(なりしげ)の和田城(高崎〈たかさき〉城)などがあり、これらを制しなければ箕輪城へ到達することはできませぬ。厄介なことに、これら東西の城の真中には観音山(かんのんやま)を含めた富岡(とみおか)の険しい丘陵が広がり、軍勢を二手に分けなければなりませぬ。それゆえ、こたびはたってのお願いで、武田家に与力(よりき)を願いましてござりまする」
「つまり、われらが西側から箕輪衆を攻め、北条家が東側を制するという策にござるか」
義信が北条方の意図を代弁する。
「お察しのとおりにござりまする」
多目元忠が頷くように頭を下げた。
北条綱成がさらに言葉を加える。
「われらは倉賀野城や和田城だけでなく、利根川(とねがわ)以東の厩橋(うまやばし)、桐生(きりゅう)、足利(あしかが)に残っている敵にも備えなければなりませぬゆえ、この策でお願いしとうござりまする」
「わかりました。われらも知久の仕置をした際、上野との国境である愛宕山城(碓氷城)までを制しておりますゆえ、碓氷峠から東側を奪取することに大きな利がありまする。国峯城を足場にし、西側から箕輪城へ廻(まわ)り込みましょうぞ」
義信は北条家の策に賛同する。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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