第五章 宿敵邂逅(しゅくてきかいこう)6
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
義信は両翼の戦いを注視し、細かな変化も見逃すまいと眼を凝らす。
――いずれ、どちらかに必ず綻(ほころ)びが生じるはずだ。勝負の行方は先陣大将の力量の差で決まる。
その思惑通り、両翼の戦いに変化が起きる。
きっかけは飯富虎昌が敵右翼の将、青蛛iあおやぎ)昌信(まさのぶ)を討ち取ったことにあった。
これを契機に武田勢の左翼は気勢を増し、相手を押し込んで攻勢に転じる。
――やはり、飯富がやってくれた。……いや、信房の右翼も敵を押し始めた!
義信が見て取ったように、右翼の馬場信房も左翼の優勢を感じ取り、敵を圧倒し始める。
「足軽隊、左右の二手に分かれ、先陣の騎馬隊を援護せよ!」
義信はさらなる采配を振る。
室住虎光の足軽隊が二手に分かれ、敵両翼に突きかかる。これにより敵勢は後退し始めた。
その機を見逃さず、義信が叫ぶ。
「われらも打って出るぞ! 敵陣の中央を貫き、長野業正の首級(しるし)を奪(と)るぞ!」
旗本衆を率いる内藤昌豊が中央に飛び出していく。
ここから武田勢は総力戦に転じた。
義信自らも愛駒を駆り、敵陣へ攻め入る。その周囲を飯富昌景が率いる騎馬隊が守っていた。
互角だった戦いが武田勢の優勢に変わり、箕輪衆はずるずると後退した。
しまいには総崩れとなり、全軍で榎下城に向かって逃げ始める。
それでも義信は追撃の手を緩めない。敵の背後から襲いかかり、ことごとく追い討ちしていく。箕輪衆は榎下城に入ることもできず、そのまま箕輪城のある北東に向かって撤退を続けた。
「多目殿、この先、箕輪城以外に敵の全軍が入れる城はあるであろうか?」
「いいえ、さような城はありませぬが……。まさか、このまま追撃なさるおつもりか」
「その通り、最初からわれらの狙いは箕輪城にござる。緒戦で敵を突き崩したからには、このまま本拠を落としまする。小城攻めの手間が省けて幸いであった」
義信はこのまま全軍で長野業正を追い詰めるつもりだった。
――なんと、気性の荒い総大将であるか。これは若気の至りとはいえぬ。好機を絶対に逃さぬという猛将の滾(たぎ)りだ。
多目元忠は驚きながら武田家の嫡男を見つめていた。
義信は言葉通り、逃げる箕輪衆を追い崩し、武田勢はついに箕輪城まで辿(たど)り着く。
緒戦から四日後の四月十二日、敵城下の東、法峰寺(ほうぼうじ)に陣取り、城攻めの態勢を取った。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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