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第二話 彼女の知らない駅で加藤千恵 Chie kato

「古すぎない?」
 わたしはやんわりと反対した。古いというよりも、汚いと言ってしまいたかったが、ためらわれた。駅前に戻れば、もっと綺麗なお店があった気がする。
 改めて、古びた外観に目をやる。意地悪なおじいさんが経営していそうな雰囲気だ。わたしたちみたいな頼りない女二人が入っては、あなどられてしまうような気がする。物件情報の紙のあいだから、店内を覗きこんでみたいところだが、あいだが狭すぎて、なかなかうまくいかない。
「いいよ、入ろうよ」
 止めるまもなく、朋香は店内へと入ってしまい、慌てて続いた。自動ドアではなく手動。
「こんにちは」
 こちらを見て、女の人がまっさきに声をあげた。わたしたちと同年代くらいに見える。笑顔だ。どうやらパソコンを操作していたようで、手をマウスの上に置いたまま止めている。
「こんにちは」
 店の奥のデスクにいた女の人も続く。こっちはわたしよりも母親の年齢に近いだろうか。
 さらに奥、コピー機の手前、完全にドアのほうを向く形でデスクについている男性は、わずかに頭を下げただけで、特に声を発したりはしなかった。おそらく、この人がやっているお店なのだろう。父親の年齢に近いだろうと予想した。ワイシャツにネクタイという、わたしの会社の男性たちとも同じ格好だったが、なんとなく馴染んでいない、好きでこんなの着ているわけじゃないんだよ、とでも言っているような雰囲気がある。神経質そうな顔立ち。
 やっぱりあなどられるんじゃないだろうか。
「こちらにどうぞ」
 朋香に気にする様子はなく、女の人が手のひらで指し示した椅子に腰かけている。わたしがそこに座るべきだと思いつつも、隣の席に座った。
「先にご挨拶させていただきますね。わたくし、畠山(はたけやま)と申します」
 そう言って差し出された名刺を、朋香は片手で受け取り、わたしは立ち上がって両手で受け取った。ご丁寧にすみません、と女の人が微笑む。やっぱり同年代くらいに見える。白いシャツとグレーのパンツ姿に、初々しさが感じられる。
 わたしが座り、机を挟んで、女の人が座った。どうやらこの人が接客してくれるみたいだ。安心した。奥の男性がどんな表情をしているのかは気にしないようにする。
「物件をお探しですか?」
 質問に、はい、と答えたのは、わたしではなく朋香だった。あ、この子が、と朋香がわたしを指さす。
「お一人ですか?」
 畠山さんはわたしを見て言ったのに、またしても、そうです、と答えたのは朋香のほうだった。わたしは黙ってうなずく。
「二人で住んでるんです。駅の反対側で。でもわたし、彼氏と今度同棲するんですよー。だから新しい部屋を探さなきゃいけなくて」
「そうですか。今日は、お一人で住まれるお部屋を探されるということでいいんですよね?」



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〈プロフィール〉
加藤千恵
1983年北海道生まれ。立教大学文学部日本文学科卒業卒業。
2001年、短歌集『ハッピーアイスクリーム』で高校生歌人としてデビューし、話題に。短歌以外にも、小説、詩、エッセイなど、さまざまな分野で活躍。
主な著書に『ハニー ビター ハニー』『さよならの余熱』『あかねさす――新古今恋物語』『その桃は、桃の味しかしない』など。
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第二話 彼女の知らない駅で
第一話 北欧まで何マイル