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第二話 彼女の知らない駅で加藤千恵 Chie kato

 ぱっちりとした目が、さらに丸くなり、表情全体で、不思議だ、と伝えてきていた。似合っているなんて、初めて言われた。名付け親である母でさえ、おそらくそんなふうには思っていないのに。
 お礼を言うのも変かもしれないとためらっていると、彼女が、あ、行かなきゃね、と言った。いつのまにか周囲を歩く人の数は減っているようだった。
 それが、わたしたちの出会いだ。
 朋香は、わたしが初めて言われるようなことを、以来たびたび口にした。言われるたびにハッとした。すべてが賞賛というわけではなかったのに、彼女の口にのぼると、特別なものに感じられたし、光を放っていた。
 わたしたちは多くの時間をともにした。たまたま近くにいるからともに過ごしているだけなのだろうという予想に反し、卒業後もたびたび会っては近況を話した。
 一年半前の秋、住んでいたアパートを立ち退かなければいけないという状況になったことを伝えると、朋香は言った。
「ええ、じゃあ、一緒に住もうよ」
 出会った日、すなわち、名前をほめられた日のことを、わたしは即座に思い出していた。丸くなった目が、まるで同じだったから。

「ねー、やってもやっても終わらないんだけど」
 声に顔をあげると、朋香は目の前に置いてある段ボールを、いまいましげに見つめているところだった。
「ちゃんとやれば終わるよ」
 そう答えて、また作業に戻ろうとすると、むりーむりーむりー、と歌うみたいに繰り返された。まるで子どもだ。
「今日はもういいんじゃない? 別に明日引っ越すってわけでもないんだし」
「そのへんにあるのは、どうせ使わないものなんだから、先に入れておいたほうがいいよ。先延ばしにしてたら、直前で大変なことになるでしょう」
 わたしはリビング、朋香は自室で、引っ越しのための荷造りをしているのだ。ドアが開け放たれているから、こまごまとした物にあふれた朋香の部屋が丸見えになっている。リビングはともかく、あっちは今からやっておかないと、確実に退出期限を過ぎてしまうだろう。
「なーんか引っ越しとか実感わかないよね」
 また顔をあげると、朋香は完全に手を止めていた。体育座りのまま、両腕で膝を抱えている。
 こういうときは、強く言っても無駄だとわかっている。かなり頑固なのだ。とりあえず会話に付き合って、また自発的に動き出すのを待とうと決める。
「そうだねえ」
「にしても、結局物件を麻理恵一人で決めちゃったの、謎すぎるんだけど。なんで?」
「わたしが一人で住むんだから、一人でもなにもないでしょう」
 わたしは笑いながら言う。笑いながら言おうと決めて。
「でもさー、ほんと意外だったんだもん。だって、あの人が紹介してくれた物件よかったじゃん。あの女の人が」



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〈プロフィール〉
加藤千恵
1983年北海道生まれ。立教大学文学部日本文学科卒業卒業。
2001年、短歌集『ハッピーアイスクリーム』で高校生歌人としてデビューし、話題に。短歌以外にも、小説、詩、エッセイなど、さまざまな分野で活躍。
主な著書に『ハニー ビター ハニー』『さよならの余熱』『あかねさす――新古今恋物語』『その桃は、桃の味しかしない』など。
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第二話 彼女の知らない駅で
第一話 北欧まで何マイル