連載
ごめん。
第一話 ふつうじゃなくて、ごめん 加藤 元 Gen Kato

 岩舘さんは杉田課長と合わなくて会社を辞めたのだ。あのさわやか馬鹿には耐えられない、という苦々しいひと言を残して。
「あたしが辞めたら、吉本さんが大変だよ。あいつの無神経な軽口がみんな吉本さんに向かうからね」
 岩舘さんの予言はまんまと的中した。
 今日も、退勤前、杉田課長に誘われたのである。
「営業の連中と飲むんだけど、きみも来ないか?」
「ちょっと用事がありまして、すみません」
 佑理は丁重に断った。実のところ用事はない。早く帰ってひとりでのんびりしたいだけなのだ。疲れている。勤務時間外まで気を遣わされるのは勘弁してほしい。
「用があるの。残念だなあ」
 杉田課長は大仰に首を振る。
「井上さんや大森さんは家庭があるから仕方がないけど、きみはひとり者でしょう。たまにはつき合いなさいよ」
 かちん。
 しかし、顔には出さない。岩舘さんほど強気ではないから、口にも出せない。
「すみません。また今度、誘ってください」
 無表情で答える。それが精いっぱいの意思表示だ。だが、杉田課長には通じない。かえって食い下がって来る。
「用事って、デート?」
 どうしてこういう立ち入ったことをへろへろ言えるんだろうね、このおやじは。だからよけい、一緒に酒なんか飲む気にならないんだよ。わずらわしいから。
「違います」
「営業部には独身の若い男が多いんだよ。出会いのチャンスを逃しちゃいけない。しあわせになれないよ」
 うるせえ。出会いのチャンスを求めているなんて、いつわたしがあんたに言った?
「吉本さんのためを思って、言ってあげているんだけどなあ」
 適当な言葉で自分(てめえ)の無神経を正当化するな、この野郎。
 思いながらも、佑理はぺこりと頭を下げた。
「本当にすみません」
 すみません、なの? わたしが?
 思いつつ、下げた。
 仕方がない。世の中のルールはそうなっている。



  3       10 11 12 13 14 次へ
 
〈プロフィール〉
加藤元(かとう・げん)
1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『日蔭旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。
Back number
第五話 かすがい
第四話 悪い妻で、ごめんなさい
第三話 ごめんね、ママ
第二話 いつだって俺から、ごめん
第一話 ふつうじゃなくて、ごめん