連載
ごめん。
第一話 ふつうじゃなくて、ごめん 加藤 元 Gen Kato

     二

 勢いがついて、たこ焼きと焼きそばも買ってから、佑理は部屋に戻って来た。
 暗い部屋の電気をつけながら、言っている。
「ただいま」
 いつも、ただいまって言っていたかな。誰もいない、ひとりの部屋に。
 小ぶりの四角いテーブルと、丸椅子が二脚。ベッドと大きな本棚が二つある、きちんと片付いた部屋。
 佑理はテーブルの上にたこ焼きと焼きそばの入ったビニール袋を置く。それから、白い犬を入れた紙袋も並べる。
 たこ焼きに焼きそばか。炭水化物とソース責め。やっちゃったな。いや、やらかしたのは、こっちの方。
 佑理は袋から白い犬を取り出す。
 明るい蛍光灯の下で見直すと、三千円にしてはきらきらした白い毛が安っぽい。ピンクの鼻も薄汚れて見える。黒い瞳と鼻と口のバランスもどこか崩れていて、やっぱりあんまり可愛くない。
 可愛くない、子。
「あんた、可愛くないね」
 白い犬はぎいぎいと躰を揺らして、こたえた。
「アンタカワイクナイネ」
 おもしろい。
「杉田の馬鹿」
「スギタノバカ」
 口を動かして、躰を揺さぶって、こだまのように繰り返す。
「大嫌い」
「ダイキライ」
 なにが、本なんか読んでるの、だ。本を読むのが悪いのか。
「罰当たれ」
「バチアタレ」

 むかし、昔だ。
 物心ついたころから、佑理は読書が好きだった。なによりも好きだった。佑理に、と与えられた絵本は何度も何度も暗唱できるほど読み返して、二歳齢上の兄の絵本も読んだ。幼稚園に通うようになると、もちろん棚の絵本はぜんぶ読破した。そのうち、挿絵の入った子供向けの本が読めるようになり、漫画も好きになった。いつも自分のぶんだけじゃなく、兄の本も読み尽くした。
「本ばっかり読んでいないで、お外でお友だちと遊びなさい」
 母親からは、注意をされた。
「お友だちより、今はご本が読みたい」
「すぐにそうやって口答えする。あんたは素直じゃない子ね。いいからお友だちと遊びなさい」



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〈プロフィール〉
加藤元(かとう・げん)
1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『日蔭旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。
Back number
第五話 かすがい
第四話 悪い妻で、ごめんなさい
第三話 ごめんね、ママ
第二話 いつだって俺から、ごめん
第一話 ふつうじゃなくて、ごめん