連載
ごめん。
第一話 ふつうじゃなくて、ごめん 加藤 元 Gen Kato

 友だちだって、いたのだ。おうちに遊びに行くこともあった。でも、そこでも、友だちの本棚に手が伸びてしまう。
「佑理ちゃん、本ばかり読んで、つまんない」
 友だちに文句を言われて、はっとする。
「ごめんね」
 慌てて謝って、ままごとやゲームに戻る。
 ままごとや人形遊び、トランプ、遊びが嫌いだったわけではない。友だちも好きだ。一緒にいるのは嬉しい。
「仲良く遊びなさい」
 他人と仲良くする。世の中では、必要なことだ。
 佑理にも理解できる。逆らう気はない。孤立はできない。
 ただ、なによりも本を読むのが好きだった。表紙を開いて、文字を追うと、中の世界に入り込んでしまう。自分のまわりの現実を忘れてしまう。
 友だちと楽しい時間を過ごしても、過ごしたからこそ、手を振って別れたあとでは、必ず思う。
 おうちに帰りたい。
 ひとりになって、ご本が読みたい。
「おかしな子ね」
 母親が首を傾げた。
「おかしくないよ」
「また口答えした。素直になりなさい」
 佑理にはわけがわからない。
 素直って、自分の気持ちに正直になるってことじゃないの? 
「素直じゃない子ね、あんたは」
 だんだん、だんだん、佑理にもわかってきた。
 自分の気持ちで、ありのままに生きることは、他人にとっては素直じゃないってことになるのか。
 どうやら、自分は他人とは少し違う、らしい。
 製薬会社に勤めている父親がいて、専業主婦の母親がいる。小学生のころは優等生で、中学生になってから少し不良っぽくなってしまった兄もいる。町内のお祭りや父親の会社のバーベキュー大会に必ず参加して、五月の連休とお盆休みには観光名所へ旅行に出かけた四人家族。
 わかってしまったのは、何歳のときだったのだろう。
 みんなが楽しんでいるのに、佑理だけがどこか冷めている。自分だけは、いつもみそっかす。
 佑理は、旅行が好きではなかった。お出かけ自体、好きにはなれなかった。できれば家にいたかった。家でゆっくり本を読んでいたかった。
「こいつ、変なんだよ」
 兄は憎々しげに言った。
「性格が暗いんだ」
 そうか。わたしは、変なのか。暗いのか。
 本を読むのが好きで、にんげんは、少し苦手みたい。ひとりになるのが好き。ひとりでいるのがいちばん落ち着ける。くつろぐ。
「うちの姉ちゃんが、ちょうどこんな風だったな」
 父親が、困ったように口ごもる。
「子供のころから変人で、家族とも打ち解けない。十九で家を出て、ほとんど音信不通だものな。吉本家のはぐれ者だ」
 そうか、わたしはおばさんみたいに、はぐれ者になるのか。



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〈プロフィール〉
加藤元(かとう・げん)
1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『日蔭旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。
Back number
第五話 かすがい
第四話 悪い妻で、ごめんなさい
第三話 ごめんね、ママ
第二話 いつだって俺から、ごめん
第一話 ふつうじゃなくて、ごめん